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こびり付く思い

ここ数日、斎藤は土方に命じられ伊東に心酔したふりをしていた。
彼の説教じみた演説にいちいちもっともと頷いてみせ、教えがほしいと部屋を訪ね、街では偶然を装って声をかけ、彼に付き合って酒場へと出かける。
声をかけられればさも楽しそうに微笑んでみせ、控えめに、しかし真摯に視線を向ける。
内心馬鹿らしいと冷めたことを思いながら、しかし仕事だからと割り切る。
昔からの同士たちとは少しばかり距離を置き、そして土方とはことさらに距離を取った。
なんて臭い演技だと、果たしてこんなものでいいのかと首をかしげるが、当の伊東の食いつきは上々。近頃では、用もないのに斎藤をそばに置きたがるようになった。


***********


カン、カンという煙管を火鉢に打つ音が今日はやけに早い。

夜中に偲んで土方へと報告にあがった斎藤は、今日の上司はずいぶんと機嫌が悪そうだと感じた。
もともと激務と立場上、機嫌がよいということは少ない男ではあるのだが、今日はその中でも上位に入る機嫌の悪さだ。
久方ぶりの色っぽい展開を期待していた斎藤は内心落胆したが、それを表面に出すことはない。
淡々と報告を口にのせ、土方の反応を待つ。

カン、カン…

内心の苛立ちを表すかのような煙管の音。
そっぽを向いて眉間にしわを寄せる土方。
沈黙が続く。
斎藤はふと気づいて火鉢にかかったヤカンに手をやると、茶をいれることにした。
土方が使っていた湯のみを、湯で注いできれいにし、急須に入っていた茶葉を捨て新しいものに変え…。
昔、姉に教わった通りにしていると、視線を感じた。
それを無視して一杯をいれてしまうと、スッと土方の前へと出した。

「ふん、生意気にも小姓の真似事か」

土方は斎藤の入れた茶を取り一口飲む。
そして「わるかねぇ」といいつつ不機嫌な顔を見せる。
これでも機嫌が治らぬとあれば、もう斎藤にはなすすべがない。
彼の姿を間近で見るだけでも満足だと思いつつ、それでは足りたいと心が逸る。
いっそもう下がってしまいたいとは思うが、上司の許可が無くてはそれもままならない。
土方にばれぬように小さく息をつくと、耐えるように畳に目を落とした。

畳の目を100ほど数えた時、またチッと土方の舌打ちが斎藤の耳に届いた。
ちらと視線を上げれば、「だめだな」と土方がつぶやいた。

「自分で命じといてあれだが、思った以上に腹が立つ」

「なにがですか?」

すぐに答えず土方は煙管を吸う。

カン、カン

「おめぇと伊東のことだ」

そして苦々しく言った。
斎藤はわずかに瞠目し、土方を見やる。

「はい?」

「お前と伊東のことだよ。クソッ、こんなに腹が立つとは思わなかった。命じたのはてめぇ自身だ。そりゃわかってる。わかってはいるが腹が立つ」

「誘いを断るにしてもイチイチイチイチ伊東の名前出しやがって」
「近頃持っている根付はなんだ、伊東にもらったのか?」
「こないだも夜遅くに伊東と連れ立って帰ってきやがって」
「なにが“伊東さんの言葉は奥が深い”だ、何が“伊東さんの剣筋はすばらしい”だ」
「どこへ行くにもべったりついていきやがって」
「大体てめぇは、俺と一緒にいた時だってあんな笑顔はみせちゃいなかっただろうが」
「まさか演技が本気になったとかはいわねぇよなぁ、ぁあ?」

のべつ幕なしに言い募られ斎藤は目を瞬かせた。
そして咄嗟には何も言えない斎藤に、土方はまた舌打ちをした。
「おい、何とか言いやがれ!」
「…何とかと言われましても…」
「ぁあ?!」
ヤクザの如く凄む土方は、顔のつくりが綺麗なだけに余計に恐ろしい。
「副長…、いや土方さん、あんた…自分が何を言っているかわかっているのか?」
「なんだと?!」
「らしくないと言っているんだ。それではまるで…」
言いかけてやめたのは、土方の自尊心が人一倍高いからだ。しかし察しの良い土方はその先に続く言葉をわかってしまう。
土方は苦虫を100匹ほどまとめて噛んだような顔をし、「ちくしょう」と小さくつぶやき額に手をやった。
斎藤はうなだれる土方になんといっていいか分からない。
こんな時、原田辺りなら…いや、土方と付き合いの長い近藤ならば何かよいことが言えるのかもしれないが、もともと口下手である斎藤には何もいうことができなかった。
ただじっと沈黙の中耐えていると、フッと土方が息をついた気配がした。
「あぁ~ちくしょう、とうとう言っちまった」
そして苦笑を浮かべる。
「らしくねぇことくらい、てめぇでわかってんだよ。けどなどうにも我慢がきかねぇ。近藤さんや総司にも言われたよ。少しは落ち着けってな」
土方はようやく自分を取り戻したようだった。
「てめぇでてめぇに腹が立つ。笑ってくれてかまわんぜ」
くっくっと笑う土方に、斎藤は小さく首を振った。
「笑えません…。まさか土方さんが…あんたがそんな風に思っているなんて…」
「思ったより狭量で驚いたか?」
「狭量というか…」
斎藤はふっと表情を和らげ、その表情に土方がハッと息を飲んだ。
「なんといえばいいか…、嬉しいですよ」
「嬉しい?」
「そこまで気をかけていただいているとは思ってもいませんでしたので」
その微笑みは、伊東のそばでは見せたことのないもの。
いや、他の誰の前でも見せたことのない種類のものだった。
「お前…」
「どうしました?」
土方は赤く染まる微笑を手の甲で拭う仕草を見せた。
「お前が…そんな“たらし”とは思わなかった」
「たらし?あの下手な演技がですか?あれはいと…いえ、あの男が単純なんですよ」
「そうじゃなくて…」
土方は軽く首を横にふると、「まぁいい」とつぶやきながら斎藤の方へとずいと近づいた。
「そんなことはいい」
そして手を伸ばし、そっと斎藤の頬に手を当てた。
「久しぶりにあえたんだ。くだらねぇことで喧嘩してる場合じゃないな」
うっとりとしたように微笑む土方に、斎藤は微笑みを返そうとした…が、次の瞬間、土方が驚くような早さで動き懐刀を手に取るとその鈍色の切っ先を斎藤の喉元へと突きつけた。

驚く斎藤…と、ニヤリと笑う土方。

「…疑いは晴れたのでは?」
「あぁ、だが…」
寸前にまで刃先を近づける土方に、斎藤の顎が自然と上がる。
「一応いっとかねぇと…」
「何をです?」
「お前が俺のもんだってことをだよ」
「今更ですか?」
「あぁ、ちゃんと自覚してもらわねぇとな」
ますます近づく土方に耐えかねたように斎藤はのけぞり、後ろに手をついた。
「土方さん…ッ」
「てめぇは俺のもんだ」
「わかっています」
「全部だ。頭の天辺から足の先、心ん中も頭ん中も全てだ。俺のものってのはそういうことだ」
土方はじりっとまた近づき、斎藤に乗り上がる。
「もし裏切るならば…」
懐刀を握る土方の手首を斎藤は取り、そのままぐっと土方を押し戻した。
そして鼻先の触れるような距離で、「その時は」と口を開いた。
「迷わず、私の首をとってください。心臓が良いならそちらでも…」
土方は探るようにじっと斎藤の目の奥を見つめる。
その真意を、その心の奥を、全てを見通そうというように。
そしてそれを受ける斎藤も、土方の目をじっと見つめ返した。
自分の頭を、胸を、心の奥を開き、彼の全てを受け入れるように。
しばしの沈黙ののち土方の目から険が消え、斎藤が手首を離すと土方もまた手をひき傍に懐刀を落とした。
そして自然と二人は抱き合った。

「…ったく、くだらねぇこといわせやがって」
土方は斎藤の肩に顎をおいて言った。
斎藤は「土方さんが、まさかそんな風に考えているとは思ってもいませんでしたので」と彼の背に手を軽く添えた。
「余裕たっぷりに見えたか?」
「…苛立つ演技をうまくなされていると…」
「なるほど」
土方は小さく笑う。
「それは好都合だったな」
「ですが、実際は本当に苛立っていた…というわけですか」
「…あぁ」
「…悔やんでいいのか、喜んでいいのかよくわかりません」
土方から斎藤の表情は見えない…が、困ったような顔が目に浮かぶようで土方は小さく笑った。
「いいさ、許してやる。お前が朴念仁なのはとっくにしってんだ。全部終わった後には、たっぷり落とし前つけさせてやるさ」
くつくつと笑う土方の背中を抱きしめ、斎藤は「ご存分に」とつぶやいた。

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