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五月の部屋 13

「これです」
受け取れとばかりに刺し出されたそれを手の平で受ける。
高さ五センチほどの小さな瓶には透明な液体が満たされている。
「何かの試薬か?」
研究に使うものかと聞いたのだが、彼はそれを首を振って否定した。
「いえ、それが出来上がりです。自信作です。」
眉を潜める火村。職業柄・・・どうもこの手のものには嫌な想像ばかりが働いてしまう。
「大丈夫です。毒薬なんかではありませんから」
では一体なんだろう?そういうように、窓の方に小瓶をかざす火村。
中の液体は全くの透明で、気泡のようなものも、沈殿物も無い。まさかただの水・・・?
そう聞こうかと顔を戻せば、桜庭がソファから立ち上がるところだった。
「もう、行くのか?」
「えぇ。それを渡すことも出来ましたし・・・」
「・・・コレは一体何なんだ・・・?」
小さく小瓶を振って火村。
桜庭はそれに微笑んで何もこたえなかった。そしてふと何かに気付いたかのように入り口の方を見て言った。
「あぁ・・・彼が来たみたいですね」
耳をすませば、パタパタという足音が聞こえる。その足音に頬を思わず頬を緩めた火村。桜庭はその横顔を一瞬だけ見つめて、扉の方へと歩き出した。

入り口で桜庭と少しだけ話をしていたアリスはやがて、彼と入れ違いに火村の前へと座った。彼のいつもの柔らかな微笑み、目じりがほんの少し下がった蕩けそうな顔。
まさか、アリスが自分に向かってそういう顔をする日が来るとは火村は思ってもおらず、その照れくささに僅かに視線を逸らした。
すると、
「あ、これ、桜庭君から?」
と、机の上に置かれた小瓶を取り上げて言う。
「あぁ・・・これが何か知っているのか?」
「うん。知っとるよ。君、知らないでもろうたんか?」
肩をすくめる火村。
「何なんだこれ?」
意味ありげな笑顔を見せるアリス。それは少しだけ桜庭の微笑みに似ていて火村はあまりいい気分がしない。
「これはな・・・俺が君にあげるはずやったんや」
「アリスが俺に・・・?」
「そう。俺の切り札やな。」
「切り札・・?」
アリスは手を伸ばし、小瓶を手に取った。
男のものにしては細く長い指、それが小瓶の蓋を捻る。
「特別に作ってももろうたんや。」
どういう意味かと視線で問うと、アリスはふっと息を噴出すようにして笑った。
蓋を取った小瓶を鼻のそばによせ、小瓶の口を手で仰ぎ風を自分の鼻腔へと送る。
それで、火村にはその小瓶の正体が分かった。
あれは、パフューム。
香水だ。
ということは・・・桜庭は香水職人にでもなる気なのだろう。
しかし・・・にぶい俺に贈るためというのは・・・・?
不審な顔をする火村に対し、アリスは上機嫌だ。
香水の香りをタップリと胸に吸い込み、それからうっとりとしたように火村に目を向けた。
そのことに眩しさを感じた火村は僅かに目を細める。
二人は数秒を見つめあい、やがてどちらからともなく体を前へと傾けた。

カタン・・・という小さな音と共に、二人の間にあるテーブルに置かれる小瓶。

唇が触れる瞬間、火村はその小瓶から立った香りに気付いた。

それは、新緑を思わせる青い香り。
吹き抜ける清い爽やかな風。
春を歌う小鳥。
暖かな陽だまり。

それと共に浮かび上がったのは、
あの、階段教室。
窓際の席。
白い原稿用紙に文字を書きなぐっていたアリス。
口元に微笑みすら浮かべていたその男の原稿に、手を伸ばした火村。
稚拙な文章・・・しかし、引き込まれる物語の構成。

離れたアリスが囁くように言う。

「これで、わからんかったら諦めなあかんと思うてた。」

にぶい火村に用意した、意地っ張りなアリスの精一杯の譲歩。

「なぁ、わかるか?・・・この香水の名前」

ごく間近で見るアリスは微笑み、そして何故か涙を流していた。
火村はそのアリスの髪を優しく撫でながら言った。

「そうだな。五月の部屋・・・ってところじゃないか?」

アリスは火村のこたえに満足そうに目を細め、涙がほろほろと涙をこぼした。
火村はそのアリスを優しく引寄せ抱き寄せた。

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