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五月の部屋 10

ずっと、この手にすることは出来ないのだと思っていたアリス。
もうずっと、恋焦がれ、そして失恋を重ねてきた相手。
いつか通り過ぎていくのだと思っていた愛しい人。
それが腕の中にある。
俺の・・・腕の中に。
俺の肩口に顔を埋め、泣いている。
「なぁ・・・アリス。何で泣く?」
「・・・君がアホやからや」
「なんで目を腫らしてた?」
「君が・・・アホやからや」
「全部俺のせいか?」
「そうや。全部君のせいや!」
憎たらしいことを言っているはずなのに、何故、こうも甘いのか。
彼のやわらかい髪に鼻を埋め、まだ涙の止まらぬアリスの背中を慰めるように撫でた。
10年も一緒にいて、こんなに近くに触れるのは初めてだというのに、とても馴染みのある感覚に思えるのが不思議だ。
あるべきものが、あるべきところにぴったりと収まったような・・・そんな感覚。
知っていたが・・・やはり、俺はこいつが欲しかったのだ。
ずっと。ずっと。ずっと。
そんなことを思っていれば、
「なんや、すごく安心する」
鼻にかかった声で言うものだから、俺の手にも力が入る。
涙がにじみそうになる。
「変なこというなよ」
「変か?」

「変だ」
笑いを含んだ火村の言葉。
いつも皮肉を含んで、シニカルに笑う火村が・・・今日は違う。
これは私の感情の変化のせいもあるかもしれない、そしてこの距離のせいもあるかもしれない。
でも、それでも甘く感じる響きに、私は恥ずかしくて仕方が無い。
ゆっくりと背中を撫でてくれる火村の手、耳に響く低い声、彼の臭い。
どうして・・・今まで気付かなかったのだろう?
彼はこんなに近くにいたのに。
どうして意地を張っていたんだろう?
こんなに求めていたのに。
今なら分かる、今でないとわからなかった事。
あの日、酔った勢いを利用して抱きついたときには得られなかったもの。
あの時も、私は涙を流した。
そして、今も流している。
その意味は180度違うけれど、どちらも本当の涙。
感情というコップから溢れだした衝動。
「アリス」
火村の声が、私の名を呼ぶ。
ただ、それだけ。
それだけで、どうしてこうも、心がゆすぶられるのだろう?
「アリス」
耳をくすぐる、低く通る声。
肌があわ立ち、体がふるりと勝手に震える。
顔を上げろという催促に、逆らいきれずわずかに顔を上げる。
笑みを浮かべた彼の顔。
締め付けるような胸の痛みに、唇を噛めば、彼は何かを促すように顎で示す。
それは面白がっているようにも見えて、多少不快ではあるが・・・彼が待っている言葉は、私にしか言えない言葉だから・・・。
そして、私が是非伝えなくてはいけない言葉だから・・・。
彼の待つと思う言葉だから・・・。
震える息を吐いて、一つだけ間を置き、それからまっすぐに彼の目を捉えて言った。

「君が、好きや」

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