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五月の部屋 09

大きな涙がホロホロと流れ、俺の手をぬらした。
「アリス・・・?」
小さく呼ぶと、アリスはゆっくりと瞬きをし、大粒の涙がまた流れた。
アリスの、色素の薄い茶色の瞳、その中に映る自分を見つけ、俺はひどく狼狽した。
何処までも澄み切った瞳・・・・
俺に・・・向けられるはずの無かった瞳・・・
その瞳ににじむ感情は・・・・まさか・・・そんなはずはない・・・。
胸の高鳴りを必死に押さえ、痛みを思い出させるように右手をきつく握る。
しかし、右手の痛みは、すぐに左手に伝わるアリスの涙が溶かしてしまう。
「アリス・・・・離してくれ・・・・」
かすれた声で告げる懇願。
しかし、アリスの手も・・・そして瞳も俺からは離れない。
大学時代からみているアリスの顔・・・その表情の殆どを読めるつもりだった。
彼が口にしていないことすら、俺はあっさり見抜けたはずだった・・・。
なのに・・・この涙の意味がわからない。
アリスの頬と、俺の手を濡らす熱い涙の意味がわからない。
俺をうつす透明な瞳の意味がわからない。
やわらかく微笑むように引き上げられた唇の意味がわからない。
ふいにアリスの手が、俺の手から離れ・・・・
「アリス・・・・?」
ふわりと・・・彼のつけているパルファンが鼻腔をくすぐったかと思うと、アリスの両手が俺の首の後ろに回っていた。
気がつけば、視界からアリスが消えており・・・アリスは俺の胸の中に飛び込んでいた。

痛いほどに強い鼓動が一つ打つ。

息が止まるとはこのこと・・・硬直するとはこのこと・・・。
わずかに体重をかけたアリス。
どこか甘いアリスの匂い。
肩口に顔を埋めたアリス。
やわらかく、色素の薄いアリスの髪。
呼び覚まされるごく近い記憶。
あの夜・・・懐かしい居酒屋、機嫌よく微笑み、俺に酌をしたアリス。
人通りのない住宅街、薄暗い街灯。
壁に押し付けられるようにして、アリスが俺に抱きついてきた記憶。
背中にまわされた手と、そして今の首にまわされた腕・・・それに違いはあれど、状況的には殆どおなじだった。
そして、あの時・・俺は・・・・
「火村・・・・」
鼻にかかったアリスの声に俺の思考は現在に呼び戻される。
肩口がしっとりとアリスの涙に濡れるのがわかった。
「火村・・・・」
訴えかけるように、甘えるように・・・囁くようにつぶやくアリスの声。
こんなものはしらない・・・。
こんな風に俺の名を呼ぶアリスを・・・俺は知らない。
「火村・・・」
もう一度俺の名をつぶやいたアリスは、しがみつくように腕に力を入れた。
俺と、アリスの距離が縮まる・・・・。
あの夜と同じく投げ出されたままの俺の両腕・・・。
心臓が壊れそうなほどに高鳴る。
指一つすら動かせない俺の耳に、アリスは囁くように言った。
「これでも、間違いやというんか・・・?」
子供のようにつぶやかれた言葉。
「・・・・っ・・・!」
胸が締め付けられ、俺は小さく悲鳴を上げた。
「火村・・・・。これでも間違いか・・・?」
空白になった頭に、アリスの言葉だけが響く。
じんじんとする指先、溢れそうになる涙。
「アリス・・・・俺は・・・・」
「間違いや、いうんやったら、俺を突き飛ばして・・・?」
そんなこと・・・
「出来ない」
「やったら・・・」
だったら・・・・?
俺は、手を伸ばしていいのか?
俺は彼の要望を履き違えてはいないか・・・?
わずかに、左手を動かすと、アリスの体が怯えたように跳ねた。
ゆっくりと、右手を彼の背中に回す・・・そっと・・・触れるか触れないかで手のひらに彼の服を感じ・・・それからゆっくりと背中に手をついた。
「・・・・ふ・・・っ」
空気のもれるような声。
アリスの腕が、一層強く、俺にしがみつく。
そのアリスを、俺もまた、強く抱き返した。

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