スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

五月の部屋 08

「なんであの男なんだ?」

響いた言葉は、部屋に一瞬の静寂を生んだ。

「何であいつなんだ?」
「それを・・・・君が聞くんか・・・・?聞いてもいいんか・・・?」
もう一度つぶやいた俺に返って来たのは、アリスからの最後通牒とも言える言葉。
優しいアリスが俺に残した最後の逃げ道。
俺がここで首を振れば、彼は決してそれ以上つっこんでくることはないだろう。
いつもの俺ならそうする。
それで、いつもの関係が継続する。
俺は彼の親友であり続けられる・・・・ここで踏みとどまれば・・・・きっとこの関係は永遠に続く・・・。
ただ・・・、俺を見つめるアリスの目の切実な光と・・・そして、ふいに甦った右手の痛みが、本当にそれでもいいのかと俺に問う。
関係の継続、アイツの元へと去ってゆくアリスの背中、永遠の別離、俺に向けられることの無い特別なアリスの笑顔。
応えは・・・YESであってNO。
俺は求めている。俺の傍にあるアリスを・・・だが、その代償はあまりに大きい。
「アリス。応えてくれ・・・」
俺は、自ら退路を断った。
アリスは俺の言葉に、少し驚いたように目を見開いた。
俺は、失う。
親友を。アリスを。
アリスの頬にあてていた手のひらが、しっとりと汗ばむのを感じ、離そうとすると、ふいに彼の右手が俺の左手に添えられた。俺が引くのを許さないというように、俺の手を握り、自分の頬に押し付ける。
まっすぐに貫くアリスの瞳。
「アリス」
「火村、俺は逆に聞きたい。俺が君の質問に答えるのは簡単やけど・・・
 それはちゃうと思うから・・・やから俺は君の言葉が聞きたい。
 君は、彼のことを・・・いや、君は俺のことをなんやと思うてるん?」
それを、俺に言わせるのか・・・俺は苦く笑って、口を開いた。
「俺が何をいいたいかなんて察しがついているんじゃないか・・・?」
俺は奥歯を噛み締めて笑った。
あの質問を発した時点で、お前には分かったはずだ・・・・なのに、それを俺の口から言わせるのか?
「君の口から聞きたいんや」
その言葉に、俺は無性に煙草を吸いたくなったが、右手は傷つき、左手は彼に捕らえられていてはそれも叶わない。俺は諦めて、口を開いた。
アリスの目は、悲しみとも言える色に染まって見える。
俺は・・・・今から、アリスを失うのだ。
「お前は・・・学生のころ、よくああいう顔をしていたよ」
俺はわざと遠まわしに言った・・・。それは少しでも破滅を先延ばしにしたいという・・・無理の見えた延命措置。
「あぁいう顔・・・?」
「そう。最初は、同じ学部の背の高い女だったろう・・・?
 それから食堂で見かけていた、ふわふわとした髪の女・・・・。
 その次は、図書館で知り合ったって言ってた、ショートカットのきつい印象のある女・・・」
それはアリスが恋していた女たち・・・それからも数多くの恋をし・・・その内の何人かとは実際に付き合っていた・・・それでアリスにも俺が何を言いたいのか分かったと思うが・・・それでも彼は何も言わない。
あくまで俺に言わせたいのかと、小さく息をついた。
「分かりやすすぎるんだよ・・・。おまえは・・・・。
 いつだって・・・いつだって・・・・・・人の気も知らないでな・・・・
 いつだって、お前は・・・・俺の前を軽く通り過ぎるんだ・・・。それでもいいと思ってたんだけどな」
アリスの視線にたえられない・・・。
俺はゆっくりと視線を落としながら懺悔にも似た気持ちで気持ちを吐露する。
「それでも・・・傍に居ることさえ出来ればいいと思ってたんだよ・・・。
 本当に・・・俺の望みはそれだけだったんだ。
 俺は・・・多くを望まない・・・いや、傍に居る・・それだけで過ぎた願いだったんだ。
 俺は満足していたはずだった・・・・なのに・・・」
そこで俺は間をおき、唾を飲み下した。
「虚勢を張るのばかりうまくなって・・・・中身は全然成長してない・・・・。
 俺は・・・・・俺は・・・・。
 なんで・・・あいつなんだ・・・?よりによって・・・・・。
 お前が、女を連れて、結婚するっていうなら・・・・俺は・・・・・」
左手に力を入れて拳を握ると、小さく傷口が避けた気配・・・新たな血が流れ出す。
「はっきりいうてくれ・・・・」
アリスの言葉に・・・俺は・・・泣きそうになった。
これで終わりだ。
何もかも・・・・。
絶対に失いたくなかったもの。
それを今、失う。
俺は、馬鹿だ。
本当に馬鹿だ。
頭のよさなんて関係ない。
俺は、大馬鹿だ。
救いようがない・・・。
俺は、お前だけを失いたくないのに・・・
俺は、お前だけなのに・・・・
失いたくないのに・・・。
今まで、どれほど自分の胸に自分でナイフを突きつけてきたかわからない。
お前が、女に視線を向けるだけで狂おしい思いをナイフで切り刻んできた。
お前が、うっとりとしたような目を向ける女を嫉妬し、お前の口から出る名前の全てを呪った。
それでも、俺はお前だけだった。
お前しかいなかった。
久しぶりに、地に足のついていないようなお前を見て、俺は焦った。
また、あのじくじくとした日々が来るのかと・・・・
だが、心の中で、それでいいんだというようにも思っていた。
お前には誰よりも幸せになって欲しいと思っていたから。
お前のためなら何を犠牲にしても許されるとすら思っていたから・・・。
その心は本当だったはずなのに・・・・。
俺の心は、自虐の傷でいつしか真っ二つに割れていたのかもしれない。
祝福する気持ちと共に、沸き起こる嫉妬。
マグマのようにドロドロに溶けた、身を焦がす思い・・。
俺は俺を殺す思いを育て続け・・・そして今、まさに自ら死刑台へと突き出す。
俺は、右手を強く強く握り、身体にたまったなにかを流しだすように血を絞る。
そして、ゆっくりと顔を上げ、言った。うまく笑えていればいいと・・・得意の皮肉な笑みを浮かべて・・・
「お前が・・・好きなんだよ。アリス・・・・」
その途端・・・アリスの目から大粒の涙がホロホロと流れた。

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。