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五月の部屋 07

廊人たちこそ気付かなかったが・・・二人は、全く同じように表情を変化させた。
つまり、
互いが互いを驚いたような顔で見つめ、一瞬の空白の後、その顔を憤怒に染めたのだ。
だが、口を開くのは、アリスのほうがコンマ数秒早かった。
そして、そのせいで、火村は口を開くことが出来なかった。

「なにしてるんや!」
叫んだアリスは、一気に距離をつめ、俺が左手で抑えていたタオルを奪い取った。
かなり血のしみこんだタオル、アリスはその下にあるものを見て、顔をさっと青ざめさせた。
元々、血は苦手な彼のこと・・・それを思うと、俺も心が痛くなった・・・しかし、無論、何の反応も返すことは出来ない。
「きみ・・・・」
震える、アリスの唇。
ひきつけられる目、振り払うように、アリスの手に握られた血染めのタオルを奪い取った。
無言で、先ほどと同じように左手でタオルを持ち、まだわずかに血のにじむ右手の甲にあてがう。
傷の痛みは、いつのまにか感じなくなっていた。
「どうしたん?一体・・・」
近づくアリスを顔をそらして避ける。
今の自分の姿ほどみっともないものはないだろう。
嫉妬に駆られ、自らの拳を傷つけた・・・まさかそんなことを言えるはずはない。
「そんな怪我して・・・・なぁ、火村、医務室いこ?」
それに小さく首を振る。
「なぁ、血ぃまだとまっとらんのやろ?雑菌とか入ったら、下手したら大変なことなるんやで?
 そんなん、頭のええ君ならわかっとるやろ?」
「いい」
「いいって・・・何いうとるん!」
掴まれた左手。
アリスの手が触れた途端、大きく跳ね・・・アリスは動きを止めた。
強く掴まれた腕、ゆっくりと力が抜ける・・・だが、アリスの手は俺の左腕に乗せられたまま、離れはしなかった。
アリスは、伏せたままの俺の顔を覗き込むように、腰を下ろし、俺の前に跪く。
アリスは、眉尻を下げ、心配そうに俺を見上げる。
彼の目の縁は赤くはれており、白目の部分も心なしか赤い。
バカでも分かる・・。泣きはらした跡。
「一体どうしたん?」
心配そうにつぶやかれる言葉は、間違いなく俺への言葉・・・そのはずなのに、素直に喜ぶことはできない。
目を伏せると、掴まれた左手に力がわずかにこもる。
目をそらすなという、アリスの意思表示。
俺はまた、彼の顔を見た。
「なぁ、一体どうしたんや?何かあったんか?」
あったよ・・・言葉にはならない返事。
「なぁ・・・」
こういうときのアリスはしつこい・・・。理由を言わない限り、俺を離さないだろう。
まったく・・・俺を本当に困らせる男だ。心の中で、俺は自嘲する。
左手を彼の手から抜き取ると、彼の手は俺の右手、タオルの上に落ちた。
その左手を伸ばし、彼の目じりに親指を当てた。
「泣いたのか・・・?」
アリスは一瞬、はっとしたように目を見開いたが、すぐに拗ねたような目を俺に向けた。
「ごまかそうとか、するなや」
笑えるものではないが、少しだけ口元が緩む。
すると、彼は、嬉しそうに微笑んだ。
他の人には見分けることのできない俺の微妙な表情の変化を、アリスは敏感に感じ取る。
「なぁ・・・火村ほんまに・・・」
言う、アリスを無視して、親指で目じりをこすれば、彼は片目を閉じて少しだけ眉を潜める。
「泣いたのか?」
もう一度聞くと、彼は数秒を置いて頷いた。
そして、
「せや」
と、言葉でも肯定する。子供っぽい、拗ねたような口調だった。
俺の右手と同様、彼にとっても触れられたくない話題のようだ。
触れた右手に頬を当てられ、目を細めるアリスに俺の心臓が軋んだ。
「どうしてなんだ?」
「え・・・?」
言ってはいけない・・・。
言うんじゃない・・・。このまま、友情を続けさせたいならば・・・・せめて、アリスの傍にあろうとするならば・・・
しかし・・・
「なんであの男なんだ?」
俺は、自分の心とは裏腹に、その言葉を口にしていた。

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