スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

五月の部屋 03

夕方になって姿を現したアリスは何処か楽しげに鼻歌をうたっていた。
なんとも古い洋楽だ。
ベイ・シティ・ローラーズのサタデーナイト。
70年代のイギリスのアイドルグループの歌だ。
俺には一言もなく、アリスは少しくたびれたソファに腰掛け背もたれに深く身を沈めた。
そして鼻歌を歌いながら視線を宙にとめている。
宙にうかぶティンカーベルでも見つめるように瞳を輝かせて。

桜庭の元へアリスがむかってからかなりの時間がすでに経ってた。
灰皿に吸い殻がいつも以上に山を作っているのが滑稽だった。
素直ではない俺の心の発露。
普通に接しようと思っていても、欝屈したものに胸が押しつぶされてしまいそうだった。

何を話してきた?
何をしてきた?
あいつに笑いかけたのか?
あいつに触れたのか?
あいつが・・・好きなのか?

疑問は疑問のまま、俺の胸にのしかかる。
「夕飯食べる場所きめたか?」
“いつものように”を装いながら俺は尋ねる。
「あぁ、久しぶりに裏通りの焼肉のうまい居酒屋なんかどうや?」
「・・・学生以来じゃないか?」
「うん。やけど、やすくてうまいし量もある!」
両手で拳を握り楽しそうに力説するアリスに、俺は苦笑するしかない。
「了解」

もともと、人付き合いが得意とはいえない俺が必死になって築いてきた親友というポジション。
今では、まったく板についたはずだった。
変わらぬ日常としてこの先何年もつづくと思っていた。
それに、覚悟もできていたはずだった。
いつの日か、アリスが紹介したい女性がいるという台詞をいい、俺はそれに皮肉な笑みを浮かべてからかう。
そうなるはずだった・・・。
俺は、苦い痛みを抱えながら、それでも笑っていけるはずだった。
だが実際はどうだ?
覚悟なんてまるで出来てはいない。

「アリス・・・・」
アリスが入ってきてから全く動かなくなった手を休め、振り返る。
「ん?なんや?」
「いや、そろそろいくか。」
「もう、おわったんか?」
「いや、お持ち帰りするよ」
パソコンの電源を切りながら言うと、助教授は大変だというような言葉が返ってきた。
本当に・・・大変だ。

アリス・・・アリス・・・アリス・・・!
何故、お前なんだろう?
何故、お前でなければダメなんだろう?
数え切れぬ程、自分に問うた言葉がまた渦巻いた。
出口の見えない迷路。
途方にくれる俺がいる。

金のなかった学生時代によくきた居酒屋。
カウンターを避け、小さな個室へと入り、ビールと食い物をいくつかたのむ。
アリスは何処か夢見るような目をして日常を語る。
今、考え中の作品の舞台を何処にするか・・・。
解説を頼まれた本がどうだ・・・。
送られてきたプレゼントがどうだった・・・。
俺はその一つ一つに皮肉を含んだコメントを返しながら、俺はまともに彼の顔をみることが出来ずにいた。
虹でも見ているかのようにきらきらと輝きうっとりとした目。
話すことと考えていることは多分一致していない。
いつもは呆れるほど不器用なくせに、こんなときばかり器用になるのがおかしかった。
きっと、あの男の事を考えているのだ。
あの目はそういう目だ。
一切、口にはださないくせに、目でそれが知れている。
うっとりとしたような。
俺がほしくてほしくてたまらない瞳・・・俺以外の誰かに向っている瞳・・・。
決して俺に向けられるはずのない瞳。
いったい、俺は何度同じ相手に失恋するのだろう?

「今日は、先生はうわの空やなぁ。」
いいながら俺のグラスにビールを注ぐアリス。
どっちがだよ・・・・つぶやくと不思議そうな目をこちらにむけた。
「機嫌も悪そうやな」
「お前は・・・ご機嫌だな」
嫌味を切り返すと、アリスは小悪魔のように舌でちらりと下唇を舐めて笑った。
「そうでもない。」
「その顔が不機嫌ってツラか?」
箸で下足の唐揚げをつかんだままアリスを指す。
「まぁ、今はたのしんどる。」
小悪魔のように微笑むアリス。
「・・・そうだろうよ。」
今すぐ席を立ちたい衝動を押さえ、唐揚げを口に放り込む。半分ほど咀嚼してあとはビールで流し込んだ。
何の味もしやしない・・・。
グラスを置くと、すかさずまたアリスがビールを注いだ。
「俺を酔わせたいのか?」
聞くと彼は、意味ありげに口の端をひきあげて頷いた。
まぁ・・・確かにそんな気分ではあるのだが・・・。
「本音を引き出そうと思うて・・・」
「なに?」
アリスのつぶやいた言葉は小さすぎて、俺はうまく聞き取れなかった。

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。