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五月の部屋

元々、人の職場にチョコチョコと顔を出す男だったが、近ごろのアリスはそれこそ足繁く大学にやってくる。
彼が、この大学にやってくるのは別に問題でもなんでもない。
むしろ、大学時代から秘かに思いを寄せていた相手、こちらとしては嬉しい状況・・・・
・・・そのはずだったのだが・・・・

「何処へ行くんだ?」
部屋に顔を出して数分、さっさと腰を上げて辞しようとしたアリスに火村は声をかけた。
顔も、声も冷静そのものだが、内心はひどく苛立っていた。
「桜庭君の所や」
桜庭篤(アツキ)、それがここの所、アリスが毎日通ってくる理由だ。
「偉く熱心だな」
半分も吸っていないタバコをもみ消しながら言うと、アリスは一瞬、きょとんとしたあと照れたように頷いた。
頬を赤らめ、猫のように目を細めるアリス。
「ん・・・まぁ、そうやな。」
火村は彼のその様子に動揺し、アリスに背を向け真っ白な書類に目を落した。
「ほんなら、帰りにまた顔出すわ」
言って部屋を出たアリスに、火村はなんの反応も返さなかった。
いや、返せなかった。
ドア越しに遠ざかる足音を聞き、それが耳に入らなくなって数分。
火村は気付かずに詰めていた息を吐いた。
桜庭篤は、この大学の院生だ。
加賀という気難しい教授の助手をしていて、各学部間を飛び回って雑用をさせられている。
背は火村と同じか、少し低い程度、少しだけ子供っぽさを残した顔はいつも笑っているように見えた。
そして外見と同じく人当たりのよい彼は、男女の両方から人気があった。
アリスのように。
そして火村とは正反対に。

うっすらと頬を染めたアリス・・・。
それは学生時代にときどき見た表情だった。
一言で言えば恋するアリスの顔だ。
会話をしなくてもいい、目が合わなくてもいい、自分の存在すら相手が知らなくてもいい・・・。
ただ、その人物が目の片隅に入っただけでも、まるで神が纏う衣に手が触れたとでもいうように頬を赤らめ、心底幸せそうに笑っていたアリス。
ひたすら無欲で、自分の手に入らなくても、見ているだけで幸せだと神を信仰するかの如く純真なアリス。
そしてそれをとろけそうな笑顔で報告するアリス。
その笑顔で目の前の男の心をズタズタに切り裂く。
それに対しなんの抵抗も示すことはできなかった。
むしろ、望んでアリスの切り裂くべき対象として自らの心を差し出した。
友人相手に間違った恋慕を抱いてしまった自分を切り裂くように。
しかし、それは毎回、失敗に終わり、気が付いたら魂にまでアリスという男が刻み付けられていた。
深く、深く・・・。
その傷は時折、熱を帯びて火村を襲った。
焼き尽くさんとするかのごとく・・・。
そして、今また、古傷が灼熱を持って火村を襲おうとしていた。

「馬鹿な・・・・相手は男だ。」

アリスは知るかぎり、性に対してノーマルだ。
そう自分に言い聞かせてもなぜか虚しいだけだった。
アリスの顔がちらちらと脳裏に浮かんでは、簾のように火村の心を切り裂いた。

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