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地位と名誉と金

主従もの。
私が執事として勤めている赤星家は、元は田舎の大地主だったのだそうだが、戦後、その土地を全て売り払って、焼け野原だった東京に出てアメリカ軍を相手に商売を始めたのだそうだ。最初はほんの少しの食料品の調達から始まったそれは、赤星様の努力でどんどんと事業を拡大し、造船業をはじめ外国人向けのホテルなどで成功を収め、一代にして三井・三菱とはいわぬまでも、一流の財閥に名乗りを上げた。
現在は3代目である学様が当主をなさっている。

さて、私のことを少し説明しておくと、私は高校を出てからすぐにこの屋敷に奉公に出ている。
こういう書き方をすると身寄りの無い不幸な男を想像するかもしれないが、そんなことは全く無く、草食動物を思わせる父親と、10トントラックにはねられても死なないような母親が私にはいる。
家が貧乏なのかといわれればそれもまた違う。金持ちかと言われれば違うかもしれないが、日本では一番多いといわれる中流家庭ではあるだろう。大学だって行こうと思えば・・・・いけたはずだ。多分・・・学力さえあれば。
ではなぜ、私が執事などという少々時代錯誤な事をやっているかというと、私の尊敬する叔父が執事をしていたからだ。それも赤星家の。
叔父は背のすらっと高い眼鏡の似合うとてもかっこいい人だった。
顔もよければ、頭もよく、性格もよくて、やさしくて・・・とてもとてもいい人で、私の憧れだった。
だからこそ、私も彼のようになりたくて赤星家に奉公に出ることにしたのだ。
・・・と、私が叔父のことを過去形で話していることに気づいただろうか?そう・・・叔父はいい人が祟って、私が勤めだして半年がたった頃にコロリと死んでしまったのだ。
今思い出してもホロリと涙がしてしまう。

まぁ、そういうわけで勤め始めて早3年。
最初は何にも出来なかった私だが、今ではかなり上手く紅茶も入れられるし、ベッドメイキングもお手のもの。ちょっとした菓子類もつくれるようになったし、礼儀作法だって覚えた。・・・・そういうわけで、素人に毛の生えたことしかできないわけだが、赤星様には気に入られており(お客様の前では口が悪いので口を利かないようにしているが)、ごく親しい友人のような関係を築いている。それはもう主従関係というより、仲のよい兄弟のように。

・・・しかし。

近頃、赤星の様子が少々おかしい。
ここ数日ずっとイライラしていたかと思えば、ひどく憔悴しきったようになったり、部屋の中をぐるぐると動き回ったかと思えば、ソファで呆けたようにぼーーっと横になっている。一日寝室から出てこなかったかと思えば、本社に仕事でこもって出てこない。
本当におかしい・・・・いったいどうしたというのだろうか・・・。
彼の秘書にどうかしたのかと聞いても曖昧にはぐらかされるばかり。
私は心配でたまらない。
体調管理は執事である私の役目。そろそろ主治医を屋敷に呼ぼうか・・・そう思っていた矢先、私は彼に呼ばれて執務室へと入った。
無論、彼の好きなブランデーの入った紅茶を用意するのも忘れない。

ノックをして入室の許可をもらい部屋に入ると、赤星はマホガニーのデスクにひじを突いて気難しい顔をしていた。
「大丈夫か?」
二人きりの気安さでそう声をかけると、赤星は整った顔に苦い笑みを浮かべて、あぁ、とか、うんとか口の中で言ってうなづいた。
「そうは見えへんけど」
「まぁ・・・ちょっと大変なんだ」
「女絡みのトラブル?」
「まさか。俺が小夜子ちゃん一筋なのは知ってるだろう?」
知ってる。それに朝井さんについてトラブルがないことも確認済みだ。
「じゃぁ。お仕事やな」
「まぁ・・・そうだ」
「上手くいってないんか?」
女以外で悩みといえばこれしかないはず。そう思って聞くと、赤星は苦いの他に悲しみすらにじませて微笑む。見ているほうが胸が痛くなるような笑み・・・まさか、そんなにひどい状態なのだろうか・・・・?
「まいったよ。アリス」
「え・・・・?」
いつも自信満々な赤星がこんなにも打ちひしがれているのを見るのは初めてのことだ。
先ほどいった朝井小夜子女史にこっぴどく振られた時だってここまでひどい顔はしていなかった。
「それは・・・・」
「手も足も出ない・・・・。持っている株券がかたっぱしから紙くずにかわっていくんだ」
「え・・・」
「三橋、伊集院、軽部も手を引きたいといっているし、新規事業もつぎつぎにのっとられる・・・・」
「どういうことや・・・それは」
「ここ数週間で、赤星の資産は半分以下に目減りしていて・・・これからもどんどん下がりそうだ」
寝耳に水の話だった。
赤星家は世襲制を引いていながら、これまで一度も威勢が下がることはなく、常に右肩上がりの成長を続けてきた。今代の学様にいたってはいくつかの事業で失敗を経験したものの、その大胆な攻撃姿勢で結果的には失敗を大きく凌駕する成功を収めている。
「いったい何が起こったんや・・・・?」
「・・・・火村ってしってるか?」
火村・・・?それは知っている。うち・・・赤星家よりも格が高く、かなりの力を持っている大財閥だ。
赤星家のように商売ばかりではなく、政治にも強く、中東では油田も持っているらしい。中国に大規模な工場を持ち、ドバイにはホテル、マカオとラスベガスにはカジノ、東南アジアに巨大な造船会社を持っており、他にも国内外に数え切れないほどの子会社・投資会社を持っている。一度だけだが赤星家にも訪れたことがある。先代だったが、白髪の美しい老人で・・・・いかにも紳士といった感じの人だった。
「・・・・まさか、にらまれてしもうたんか?」
「・・・みたいだな」
「いったいどうして?!」
「どうしてって・・・・難しいな。先代が身罷ったのが一年前・・・すぐに後をついだのは、火村英夫という男だった。火村氏の実子ではなかったが親戚筋で血はつながっているという、俺と同じくらいの年齢の男だ。挨拶に行ったときはかなりの切れ者だというのはわかったが・・・別に嫌われてはいなかったし、これから一緒にがんばりましょうというような決まり文句をいっただけだったんだ。」
「はぁ・・・・」
「それから何度か取引をさせてもらって、関係は良好だったはずなんだが・・・・一ヶ月前からふいに風当たりがきつくなった。いや・・・今考えれば、二ヶ月前あたりか・・・。何度も考えているんだがまったく理由がわからない・・・ただ、彼が俺を完全に干そうとしているのだけはわかるんだ・・・・このままじゃ・・・完全に何もかも失う」
「な・・・・」
それしか言葉が出なかった。
本当に彼は何も心当たりがないというのだろうか?
たとえば、パーティの席でなにか失言をしてしまったとか・・・たとえば・・・
「あ、もしかして火村氏が朝井さんに気があったとか?」
思いついて言葉にすれば、それはあっさりと赤星に否定された。
「それはない。それについても確かめてみたが、小夜子と火村氏の接触は一度もない。小夜子にも聞いてみたが、彼女もそれは無いといっていた。それに、あの男は女のことでこんな嫌がらせをするような人間じゃないはずだ。あと・・・もちろん、失言についても考えたし、彼の事業に間違って手を出したことはないか調べさせたがそれもない・・・まったくのお手上げ状態なんだ・・・・」
「・・・・・」
「このままじゃ・・・・赤星家がつぶれるどころの話じゃない・・・・・このままじゃ・・・・莫大な借金すら背負うことになる・・・・」
顔を青くして震える赤星・・・。
何か言葉をかけてやらなければ・・・そう思うのに、何一つ言葉が浮かばない・・・・と、そのとき・・・。

ジリリリリン・・・・ジリリリリン・・・

マホガニーの机においた古風な電話が音を立てた。
ごく一部の人間しかしらないはずの、赤星につながる直通電話・・・・。
その呼び鈴がひどく不吉なものに聞こえたのは、私だけではないはずだ。

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