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窓際の聖杯 2

堕天使というものは微妙な立場だ。
神々に反逆し天を追われたとしても、天使であることには変わりなく悪魔ではない。
つまり、天に帰れず、地に落ちることも叶わない中途半端な存在だ。
アリスはそのことをよく分かっているはずなのに、望んで俺の元にやってくる。
彼好みの面白い話題など持ち合わせていない俺を、どうして毎日たずねてくるのか・・・。全く不思議でならない。

「はい、これ」
その日、アリスは黄金に輝くりんごを持って俺の元に訪れた。
黄金のりんご・・・それはその名の通り、金色に光るりんごのことだ。
もちろん地上で取れるものではない。マルアークの園にて収穫される聖なるりんごだ。
俺がこれを見るのはざっと100年ぶりといったところだろうか。
「どうしたんだ?それは」
「ちょっと」
「ちょっと?」
「そう。ちょっと」
無邪気に笑いながらアリスはりんごを俺に差し出す。
しかし、俺はそれをしばらく見つめた後、芳しい匂いを断ち切るように首をふってそれを拒否した。
「嫌い・・・やった?」
「いや」
「やったら、この間のタバコのお礼。受け取ってや」
俺はまた首をふると、彼の言葉に答えるようにタバコを取り出し一本を咥え、そして一本を薦めた。
アリスはそれを断りふてくされたようにうつむいた。

「お前だって分かって持ってきたんだろう?」
火をつけ、数口を吸って言った。
「マルアークの園のりんごは門外不出。いくら天使のお前とはいえ、簡単に持ってきてはいけないものだ」
マルアークの園から出してはいけない・・・というものは流石に殆ど守られてはいなかったが、天から出してはいけないというのは強い戒めだ。
それを地上に持ってきて堕天使に与えようなどというのは狂気の沙汰だ。
俺がそれを受け取って、腹に収めたとしれば・・・彼は唯ですまないはずだ。
俺のように堕とされることはないとしても、数年間は牢につながれることになるだろう。
そのことを口にすると、彼は少し考えるように首を傾げ、それからにこりと笑った。
「そんなことにはならへんと思うよ」
「何故だ?そんなに天の規律は乱れちまったのか?」
アサリア、ヘルメメルク、ハドラニエル、ジブライール・・・・懐かしいかつての仲間たちが鮮やかに浮かび上がっては消えていく。
彼らはまだ自分たちの正義を信じ、“神”に仕えているのだろうか?
「そんなことはない。規律はきちんと守られとる」
「だったら・・・さっさとそいつを持って天へと帰ったほうがいい」
「これは君に上げるものや」
「俺は受け取らないぜ」
「誘惑したって誹(そし)られる?」
アリスの言葉に肩をすくめる。
「さぁな。俺は天から追い出された身だ。彼らはこれ以上俺に構うことは出来ないさ」
「やったら平気やろう?」
「俺はな。だが、お前は違うぜ。アリス。銀の鎖をその細い首と手首、それから足首にくくりつけられて、ミカエルの前に跪かされるって寸法だ」
「反省の言葉を泣きながらに述べて、二度とこんなことをはしませんと誓わされ、その上で洞窟へと閉じ込められる?」
「あぁ、そうなるだろう」
気の遠くなるような昔、大木の下にある大穴に閉じ込められたときのことを思い出しながら頷く。
アリスは俺の言葉に愛嬌のある茶の目をくるりと動かした。
「やけど・・・そうはならんよ。俺の場合は」
「何故だ?」
「それは、俺がアリスやから」
「それが免罪符になるとでも?」
「十分に」
きらきらと光る子供のような目、言葉の真意を探ろうと見つめていると・・・

どこからともなくふらりと現れた人間の青年。
青白い顔をしたやせた男だった。
背丈は160そこそこしかない、10代半ばから後半くらいの男。
肌ががさがさで唇も乾ききっている。銀フレームの眼鏡は薄く、にごって見えた。

彼は・・・きっと引寄せられてしまったのだ。
堕ちた天使に。

道路標識に座る俺のちょうど横に彼は腕をついて立ち止まり、下を走る車をじっと見つめる。
片側三車線の道。
制限速度を超過した車がひっきりなしに行きかう。
「なぁ・・」
アリスが俺に注意を促したのは彼に漂う死の気配を嗅ぎ取ったからだろう。
「あぁ、分かってる。お前はそのリンゴを持って天に帰れ。でないと、翼が汚れるハメになるぜ」
「・・・・」
「ほら、さっさと行った方がいい」
何も映していない少年の目を見ながら言う。
彼は“本気”だ。
ゆっくりと手すりに両手をついて、体を引き上げる。
通りを行く人の何人かは気付くが、興味深そうな顔で彼を見るだけで助けになど来ない。
人々の瞳がぬれて見えるのは、恐怖ではなく強い興味によるもの。
「アリス・・・」
これが、人間なのだ。
これが、“神”が寵愛する人間なのだ。
「アリス」
彼に帰るようにと促しながら、それとはまったく正反対のことを期待している自分に気づいた。

薄いオレンジ色をした、陽に透けたような美しい翼。
それが汚れてしまえばいい。
汚れる様がみたい。
汚してやりたい。

青年が手すりを乗り越えて、両手を後ろの柵に掛けまさに俺の横に立った。

「アリス」

最後に彼の名を呼んだのは、彼を引き止めるためのもの以外のなにものでもない。
アリスは全てを承知でコクリと頷き彼の“正面”に立った。
俺はそれでいいと口元に小さな笑みを浮かべる。

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