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窓際の聖杯

危なっかしいな

それが、俺がその男を見たときの第一印象だった。
少しだけオレンジがかった羽根は平均より少し小さいが、完全に大人のもので空を泳ぐには問題が無いはずなのに、そいつは余計に羽根をパタパタと忙しく、まるでそうしないと溺れると信じているように動かす。
騒がしい翔び方だ。
まるで翔ぶことを覚えたばかりの雀みたいに。
俺は、交通量の多い道路にかけられた高架、行く先を示す青い標識に座ってそいつを見ていた。
人の真似をして覚えた煙草を此処でふかすのが近頃の好みだった。
そいつはかなりの上空を飛んでいたのだが、俺に気付くとヨロヨロと高度を下げた。
翼をたたみ、頭からまっすぐに降りれば早いものを、彼は相変わらずパタパタと羽根をやるものだからなかなか高度が下がらない。
ヨタヨタ、ふらふら、そしてパタパタ。
茶に透けた髪、薄い茶の瞳、男にしては華奢なからだは茶のロングコートに包まれており、背中からはそのコートから生えているように一対の白い(こいつの場合は少しオレンジがかっているが)翼がある。
俺とは似て非なる姿。
俺の失った本来の姿だ。
俺の翼を見て降りてくるやつがいるなんて・・・そう思いながらも、くつろいだまま俺はそいつが降りてくるのをまった。
あれらと言葉をかわすのは久しぶりのことだ。
ざっと50年ぶりくらいじゃないだろうか・・・・?
いや・・・その時だって、互いが互いに気付いたとたんに背を向けあったような気がする。
何しろ、俺は、俺たちはあいつらにとって天敵だろうから。

「こんちにわ」

少し変わったイントネーションで話しかけられ、俺は一つ頷いて挨拶を返した。
「あぁ」
すると、彼はほっとしたように微笑み隣に座ってもいいかと聞いた。
構わないと答えると、彼はまた翼を忙しくはだたかせ俺の隣へと腰を降ろした。
「はじめまして。アリスっていいます。」
「アリス?」
驚き聞き返すと彼は照れたように笑う。女の子みたいでしょうと。
だが、俺が驚いたのは彼の名前にではない。
アリスという名は、俺たちの仲間では知らぬ奴がいないほど有名だったからだ。

聖杯を抱いて生まれた天使。

彼がそうなのだろうか?
俺はじっと彼を見つめた。
彼がそうであれば、聖杯は彼の中にあるのだろうかと。
しかし・・・彼の中に、俺はそれを見い出せなかった。
聖杯独特の光。
金色に輝く清らかな光。
人違い・・・いや、天使違いか。
「あの、俺の顔になんかついとる?」
俺があまりにじっと見つめたからだろう、彼は頬を朱に染めうつむいた。
「いや、知った天使に似ていたから。だが勘違いだったようだ」
「そ・・・そうか。」
言って、今度はアリスの方が俺をじろじろ観察するように見た。
そんなに堕天が珍しいのか。
罪を犯し、天から落とされ、黒く染められた俺が・・・。
少し不快に思いながらも黙っていると、
「それ、美味いん?」
アリスの指差した方を辿れば、俺が煙草。
「それなりに」
答えると、彼はもじもじとして物欲しげな目を俺に向けた。
「・・・一本いるか?」
水を向けると彼は心底嬉しそうに笑って頷いた。
黒いコートの内に入れておいたケースを取り出し、中を見ると最後の一本。多少のもったいなさを感じながら、彼に差し出す。
アリスはおっかなびっくりというようにそれを受け取り、まじまじと見つめてから、口へと運んだ。
俺が火をつけてやると、彼は真剣な顔で一口を吸い、
「・・・なんや」
と、残念そうに声を上げた。
彼が何を期待したのかわからないでもない。
きっと何かしらの“風味”を期待したのに違いない。
俺たちには感じることができないそれ・・・俺が吸っているのを見て、それを期待したのだろう。
アリスはつまらなそうに、ゆっくりと吸っては吐き、
「なぁ、君の名前は?」
と聞いた。
俺は、一瞬名を告げるのを戸惑った。
俺の名は・・・今でもまだリストの一番上に載っているのだろうか・・・?
「ん?」
促すアリス。
あの罪を恥だとは思っていない・・・だが、自分にとってはそうでも・・・事情を知らぬ奴から見ればただの犯罪者・・・。
言い訳などしたくない。
正しいことを分かってもらおうなんて鼻から思っていない。
だが・・・何故だろう。
「火村・・・・」
俺は、今、無性に違うのだと叫びたいような気持ちになった。
なぜか、彼に自分の罪を知られるのを恥じた。
しかし、そうできない・・・代わりに俺は彼の反応から逃げるように視線をそらす。
俺の名を知ったアリスはすぐに飛び立つだろう・・・また騒がしく羽根を動かして・・・。
それが正しい反応だから。
それが俺に与えられた罰だから・・・。
しかし・・いつまでたっても、アリスが動く様子はない。
その変わりに、俺の目の前をアリスの吸殻が落ちていくのが見えた。
「・・・君が火村なんか」
かけられた言葉に蔑みがないことに顔をもどすと、アリスはにっこりと微笑んだまま俺を見ていた。
俺の名を知って尚、こんな表情を向けてくるやつを俺は初めて見た。
驚いた俺を、アリスは微笑んだまま見つめ、それから、
「ほんま、君の翼、真っ黒で大きくてきれいやね」
うらやましそうに俺の背後にある一対の翼を見つめた。

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