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人魚

私の足はきちんと二本に分かれているし、尾びれのようなものは一切ない。
その代わりに、私の左の足首には銀色の輪がはめられている。
それでも、私は人魚・・・落とされた罪人、マーメイド。

高層ビル、屋上に腰掛け、水面を見つめる。
私の足、20センチほど下には青々とした海が広がっている。
チャプリ・・・チャプリと、小さくぶつかる波。
水面は太陽の光によってキラキラと銀色に乱反射を返している。
水中を透かし見れば、ものすごい数の高層ビルがこの海の中に広がっているのがわかる。
かつての大都市。そのビルを縫うようにして泳ぐ小さな魚の群、途中からは濃い青に煙ってどこまで深いのかしれない・・・だが、このビルは100階近い高層ビル・・・ということは底までは500メートルはゆうにあるはずだ。
ここはまだ温かいが、500メートル下はかなり冷たいはずだ。
両手を上に伸ばし、頭の上で組んで背筋を伸ばした。
っと、その時、後ろから足音が聞こえた。
振り返ると、私と同年代の古い友人が歩いてくるところだった。
相変わらず、隙のないスーツを着こなし、口の端に煙草をぶら下げている。
ほんの少し眉をよせ、機嫌が悪そうなのはまだ朝が早いせいだろう。

ビルの屋上、四方を海に囲まれた彼はどうやって此処にきたのか。
もちろん、小船など、つけられてはいないし、見渡す限りの殆どは海である。
だとすれば、簡単な話だ。
彼は、空から来た。
彼の足には銀の輪はない。
代わりに彼には一対の透ける銀の翼がある。

「よぉ。火村。相変わらずみたいやな」
隣にたった男に言うと、男はまっすぐに水平線の彼方に目を向けたまま、不機嫌にあぁと頷いた。
「愛想ないな」
「・・・俺に愛想があったことなんかあったか?」
「そういわれれば、そうや。」
ははは、っと笑えば、彼は何がおかしいのかというような不審の目で私を見下ろした。
私は反対にその目を見上げ、ついで、空を見上げた。
大きな雲が流れている。
大陸のように大きな雲・・・その雲の上には本当に大陸がある。
いわゆる天空都市というやつだ。かつては私もそこにいた。
彼ほどに立派な翼は持ってはいなかったにしろ、それなりに飛べる翼が背にはあって、そして、あの天空都市で暮らし、空を舞うことができた。
今の私には見上げることしかできないが・・・。
「あぁ、すごいなぁ・・・・」
ぼんやりとつぶやけば、視界を白い煙が横切った。
言うまでもなく、火村の咥えた煙草の煙だ。
「煙い。」
「うるせぇ。」
「何をいらだっとるんや?」
「頭の固い長老共がなかなか首を縦にふらねぇんだ・・・・」
唾を吐き捨てるように言う火村に、私は小さく笑った。
「なんや、そんなことか。」
「そんなこと?!おい、アリス。正気か?翼をとられて・・・空を飛べなくなり、
 都市から追放され、お前は事実上抹殺されたようなものなんだぞ?!それが、そんなことだと?!」
彼は珍しく声を荒げて言った。
私はそれとは反対に、とても穏やかな気分だった。
確かに、最初は翼をとられ、都市を追い出され・・・腐りもした。
だけど・・・
「君はしらないんや」
「しらない?」
「そう。君はこの中に入れんやろう?」
私は言いながら、周りを覆う海を指差した。
火村は何をいっているのだろうという顔をしてはいたが、ゆっくりと頷いた。
「あぁ、入れない。翼が濡れると重くて飛べなくなるし・・・大体、泳げるように体が出来ていない」
それに私は一つ頷く。
そう、天空に住む人々にとって、海とは、水中とは不毛の地のほか何の意味もない。
まさに罪人のためにある牢のようなもの。
「けど、俺は入れる。」
「翼がないから・・・か?」
「あぁ。そうやな」
私が笑うと、彼はそれを私の自虐の笑みとうけとったらしい、悲しみににた光が彼の瞳に宿る。
だが、私はそれを否定しない。
「・・・それで、水に入ってどうするんだ?」
心底わからないというような火村。私はそれがおかしくて笑ってしまった。
何でも出来て、とても頭のいい火村ですらやはりわからないのだ。
いや、翼を持っている限りは絶対に分からないかもしれない。
赤い珊瑚、銀色に光る魚の群、水中から見上げた海水のきらめき、いるかの歌声、ゆっくりと泳ぐマンタ、雪のように上っていく気泡・・・。
思い出しただけでうっとりとする。
その私を見て、火村は小さく首をふる。
「・・・俺にはわからねぇ」
「そうやな」
私は肯定する。
本当ならば、私は他に言いたい言葉がある。

“火村にも見せてやりたい”

だが、その言葉を私は言うことが出来ない。
水中にはいれるのは翼をもがれた私のような罪人だけだ。
そして、翼をとられるということは、先ほど彼が言ったとおり、抹殺されるに等しいことなのだ。
罪に誘うわけにはいかない。
彼は将来を嘱望されているエリートなのだから。私とは違うのだから。
彼は私の目を見、それから憂鬱そうに目を離し、口に咥えていた煙草を落として踵で踏み消した。
「・・・とにかく。長老どもにはもう一度俺から話をしておく・・・・
 なんとか、翼を返してもらえるように説得するから・・・・それまで待っててくれ。アリス」
それに私は、微笑んだまま頷く。
「期待せんでまっとるわ」
彼は私の言葉に、彼らしい皮肉めいた笑みを見せた。
「期待してくれよ」
「・・・あぁ」
私は、わずかに間をあけて返事をする。
私は後ろについていた手に力をいれ、身体をビルから水中へと落とした。
途端、冷たい水が私の身体を包みこむ。
私はしばらくしずんだままで、体の気泡で遊び、それから水面に顔を出した。
火村が心配そうな顔で私を見ている。
「アリス・・・」
っと、まるで捨てられた子供のような声で私を呼ぶ。
そして、手を差し伸べるのだ。
だが、実は私の身体は水中に居るときの方が楽なのだ・・・。
だんだんとそんな風に体が変化しているのがわかる。
私は微笑を浮かべたまま、その手を断った。
そのうち、私は身体をビルの上に上げることはおろか、水中に顔を出すことすら不可能になるかもしれない。

罪人は人魚になる・・・。
きっと、この身体も思考も・・いつか私という枷から離れ、この水と一体になってしまうのだろう。
私は、彼を忘れ、空を忘れ、天空都市を忘れ、私というものを忘れる。
それが罪を犯した私への罰。

「また来る。アリス」
言う火村に、私は頷き、別れも告げずに、水中へと深く泳ぎだす。
愛想の無い態度。
上等じゃないか。
その方が別れが辛くなくなる。
青い筋の入った魚が急にもぐってきた私に驚いて、転身して逃げていった。

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