スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

花天月地

これは俺がまだ子供の頃の話だ。
そう、確か、小学校の低学年あたりの事だ。
引越しを何度も繰り返してきた俺だから、その家が、何度目の家で、日本の何処の都市のことだったかははっきり覚えていない。
いや、もしかしたら、あの記憶が鮮明すぎるせいで、他がぼやけてしまっているのかもしれない。

その家に行くには、“同じ角”を三回、まわれば行けた。
今、思えばそれはおかしな話なのだが、当時の俺にとっては何でもないことだった。
同じ角を三回まわる。
すると、いきなり住宅街が消えて、草原が目の前に開ける。
何処までも続く平原には、いつだって温かい春風が吹いていた。
草原には、白い花が所々に咲いていた。
そして、その先に、その家があった。
赤い屋根、白い壁の一軒家。
スヌーピーの家を思わせるような小さな一軒家だ。
その家の周りには、白いペンキを塗った木で柵がしてあり、庭になっている。
庭には、色とりどりの花々が咲き誇っていた。
それがまた不思議な花たちで、一つとして一緒のものはない上に、新種の花のようにどれもが個性的な形をしていた。
毛玉のようにびっしりとふわふわの毛が生えているものや、百合に良く似た花だが、花びらがいくつにも重なっていたり、銀色に輝く花や、蝶々そっくりに羽ばたきをする花なんてのもあった。
葉っぱも、緑だけではなく、グラデーションのかかったものや、ドット柄、ペイズリーなど、個性的だ。
俺が柵に寄りかかるようにして見ていると、家のドアが開き、男の人が一人出てきた。
その当時の俺にしてみれば、“おじちゃん”だが、今、思うと、20代半ばくらいに思える。
背の小さかった俺だから、身長はわからないが、茶色に透けた髪と白い肌を持った男だった。
その男の人は、俺を見ると少し驚いたような顔をしたあと、にっこりと笑った。
「君、どっからきたん?」
「あっち・・・」
俺が、自分の来たほうを指差すと、その男は興味深そうに何度か頷いた。
「へぇ。あっちかぁ。お客さんが来るんは久しぶりやなぁ。僕、名前なんていうん?」
「僕じゃない!俺は、火村だ」
俺が、腹を立てて言うと、男はニッコリと笑って俺のそばに腰を下ろした。
「そら、すまんかったな。火村くん。俺の名前は、アリスっていうんや」
「アリス・・・・?」
その名前は子供ながらに男の名前ではないだろうと訝しむが、男はあっさりと頷いた。
「せや。かわええ名前やろ?」
「・・・うん・・・。」
「そや。お茶でも飲んでくか?ここでとれたお花のお茶があるんやで」
「お花のお茶・・・・?」
「そうや。綺麗なお花がぎょうさんさいとるやろ?」
そういって、庭を見る目は、慈愛にみちて見えた。
「うん」
俺が同意すると、本当に嬉しそうに微笑んだ。
彼が出してくれたお花のお茶というやつは、ハーブティとは違い、お菓子のような味がした。
うまく言い表せないんだが、まったく飲んだことのない味だった。
俺が首をかしげて、匂いをかいだり、カップを光にすかしたりしているのを、アリスは面白そうに眺めていた。
「これ、本当に、お花?」
「そうやでぇ~。おいしいやろ」
「でも、これ・・・お花っていうより・・・お菓子みたいだ」
澄んだ、琥珀色の液体は紅茶のようにも見えるが、味だけは全く違う。
「そうやろ?なんたって、世界で一つしかないからな~」
「世界で一つ?」
「そうや。この庭でしかとれんのや。」
「ふぅん・・・・?」
よく分からないながら頷く俺を、アリスはただただ微笑んで見ていた。
「きっとそのうち分かるようになるで。これがほんまにすっごい飲み物やってこと」
「すっごい・・・・?」
「そうや、ちなみに、今日、君がのんどるんは、咲くのに80年もかかったんやで」
「80年?!」
驚いた俺に、アリスはにこにこと笑いながら、頷いた。
「今時じゃ、あんまりめずらしくもないけどな。100年も意味もなく地中におったやつよりはうまいんや」
その説明は、今でこそ真実の断片をにおわせる言葉だったが、当時の俺にはわかるはずもなかった。

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。