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雨男

私のバイト先の喫茶店は、細い路地にあった。
暗くて見つけにくいそこは、穴場といえば聞こえがいいが、廃墟のようといわれても仕方の無いようなたたずまいをしていた。
入り口に、小さなコーヒーのマークのついた看板が一つ。
そこに、『喫茶店 メロディ』とかいてある。
陳腐な名前だ。
店内も、外見に劣らずうらぶれている。
薄暗い照明は、けだるい午後というよりもあばら屋をおもわせる。
カウンターに5席、そして窓際に二人掛けのテーブルが2つ。
面接に最初訪れたとき、私も流石にこれは・・・と思ったのだが、これがなかなかに居心地がいい。
初老のマスターは、私がバイトに入っているときは殆ど二階の自宅に上がってしまっているが、来る客などしれている。
注文といっても、たいていが飲み物だけなので、困ることはない。
それに、ゆったりと流れているジャズの趣味がいい。
かちゃかちゃとグラスを洗ったりする音、客が新聞をめくる音、そして静かなジャズの調べ。
薄暗い店内は完全に世間とは隔絶しているようで、働き始めてすぐに私はここが気に入ってしまった。
教えて自慢したくなるような店・・・いや、一人だけの秘密の場所にしておきたいような店というのだろうか。
そんな店にくる客は、殆どがなじみの客だ。
かといって、親しく話すわけでもないのだが、なんとなく信頼関係はある。
その中にあって、彼は少し変わっていた。

その日は、朝からしとしとと雨が降っていた。
にも、かかわらずその男は雨粒を滴らせ、小走りに走ってこの店に飛び込んできた。
男の私ですら、おやっと目を見開くほどのいい男。
長身、筋の通った鼻、黒々とした鋭い目。
彼はちらりと店内の様子を見渡すと私に目をとめた。
そして、あれ?っというような顔をした。
もしや知り合いだったかと考えてみたが、私にはこんなにいい男の知り合いはいない。
とりあえず、手元にあったタオルを持って男のほうへいった。
「朝から、雨やったのに、傘忘れはったんですか?」
男は礼を言ってタオルを受け取ると、髪のしずくをふき取った。
「あぁ・・・まぁ、忘れていたんだ」
その声に、また私は驚く。
声優でもやれるんじゃないかと思うほどのいい声だ。
知的そうで、それでいて、筋肉質な体。
まったく、世の中、不公平にできている。
カウンターに入ると、男も続いてカウンターに座った。
客は彼一人だけだったので、なんとなく居心地が悪い。
「コーヒー」
「あ、はい」
注文どおりに、湯を沸かし始めたのだが・・・
「あの・・・なにか?」
彼の視線がやたらとこちらに向いている。
たしかに、彼が来たとき手ぶらなのはすぐにわかったのだが、そう見つめられるとますます居心地がわるい。
「いや・・・お前は、たしか英都大学の・・・?」
これには少々驚いた。
確かに、私が通っているのは英都大学だ。っとすれば、やはり大学の授業で一緒になったことがあったのかもしれない。
「あ、そうです。」
「やっぱり、どこかで見た顔だと思った」
「そう・・・ですか?」
私のほうは・・・全く見覚えがないというのに、おかしなはなしだ。
私は彼のように目立つ容姿はしていないし・・・・どちらかというと、私のほうが一方的に知っていてもおかしくはない。
「あぁ、アリスっていうんだろ?」
それで合点がいった。
私は間抜けなことに、自分の名前に関することをすっかり失念していた。
「そうです・・・・。」
私の名前は有栖川有栖という世にも奇特な名前をしている。
しかも、これで男なのだから、目立ちもするだろう・・・。
「それ、本名なのか?」
このセリフもよく聞くセリフだ。
作家や芸能人でもあるまいに、こんなことを尋ねられる人間というのは珍しいのではないだろうか?
「はぁ、そうです。正真正銘うちの両親が考えてくれた名前です」
「へぇ。よっぽどルイス=キャロルがすきだったんだな」
「さぁ、どうなんやろう・・・?あんまり直接はきいたことないな。」
「どうして?」
「やって、これでほんまは女の子がほしかったとか言われたらちょっとなぁ~」
「そういう経験は?」
「そういうって?つまりは女装させられたり?」
こくんと頷く男に、私は記憶を手繰った。
いつの間にか敬語が、タメになっているのにも気付かない。
「あぁ、あるある。ちっこいころは、髪長かったし、従兄弟のねーやんの洋服よぉきせられたわ」
「はは、似合いそうだ」
そういって笑う男。からかっているのか、それとも本気でいっているのか判断がつきにくい・・・っが、私は別に女っぽい見た目ではないとおもうので、莫迦にしているのだろうと思う。
「あぁ、ほんま笑い事やで。七五三なんか、おじょうちゃんやからな」
「それは見てみたいな」
「堪忍して」
和やかな笑いが互いに漏れ、そこでようやく私はなんとなく妙な雰囲気に気付いた。
なんだか、やけに親しい空気が流れているのだ。
「ここのバイト長いのか?」
「いや、そうでもない。2ヶ月・・・いや3ヶ月や」
「へぇ。知らなかったな」
そんなの、あたりまえじゃないか。今日はじめてあったというのに・・・それとも違うとでもいうのだろうか?
「君、学部なんなん・・・?」
「社会学部」
「へぇ・・・」
ちなみに私は法学部なので、やはり、彼と自分の接点がわからない。
それが顔に出たのか、火村はにやにやと面白そうに笑った。
「不思議そうだな。」
「あぁ・・・・やって、君とは初対面のはずやから」
すると、意味ありげな黒曜石の瞳がこちらを見た。
男手すらドギマギとするような目つきだ。
私は慌てて目をそらした。なんで、自分がそんなに慌てなくてはいけないのだっと気付き、もう一度彼をみると、また目があった。
人をじっと見ることが癖なのかもしれない。そして、
「忘れたのか?アリス」
ひどく作為めいた言葉を発した。

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