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シークレット

10センチ以上もある窓ガラスを丸く切り抜き、火村は音もなくその部屋におりた。
暗い室内でも見えるように暗視ゴーグルをかけ、全身は黒いパワードスーツにつつんでいる。
長身で筋骨たくましい身体がそれによって協調され、まるで鋼でできた黒豹のような印象がある。
暗視ゴーグルでの視界は黒と白のざらついたものだ。
ゆっくりと室内を見渡し、自分がスイートのリビングにいることを確かめると、慎重にその部屋の入り口へと近づき、ドアに耳を当てた。
何のお音もしない廊下に耳をすませて5分ほど。
コン・・・コンコン・・・コンっという小さなノックがされた。
1・2・1
江神と決めたノックの合図だ。
音がしないように慎重にノブを回し内側に開くと、まるで影のように男が入ってきた。
火村より幾分背の高い男は、長い髪を後ろで一つにまとめた他は、火村と全く同じ全身黒いパワードスーツ、そして暗視ゴーグルをつけている。
江神は、腰のスーツから大口径の銃を取り出すと、ラフに構えた。
火村もそれにならい、彼とは反対側に銃を向ける。
ちらりと確認しあい、二人は同時に反対側へと歩き出した。
事前に調べておいた部屋の間取りによると、このスィートの寝室は二つ。
江神がいま足を向けたほうがメインの寝室となる。
火村はゆっくりとドアノブをまわし、室内の様子をさぐる。
物音の一つしない部屋に、黒豹のように入り込み、ベットを見る。
ベットは空だと一目で分かったが一応の確認をする。
完全に無人だということを確かめ部屋をでると、江神が反対側の部屋の前に待っていた。
火村とゴーグル越しに視線が合うと、中にいると指で合図がくる。
火村は音をたてずに早足でリビングを横切り、江神が半分開いたままにしておいた部屋へと入り込んだ。
さきほど火村が入った部屋よりも広い室内には、キングサイズのベットが一つ真ん中においてある。そこに寝そべったままでテレビをみれるようにか、足元には壁掛けの巨大なテレビが一つ。
奥にはテラスがあり、今はカーテンに阻まれてみえないが、そこには専用のプールがあるはずだった。
火村はすばやく、部屋の奥の方、窓を背にしてベットに銃を向ける。
江神もまた、ドア側に立ち銃を構えた。
今一度、二人は視線を交わす。
火村がわずかに頷き、銃口を天井に向け、左手を伸ばした。
膨らんだ羽毛布団の中身が彼女であると確認しておかなくてはならない。
火村の指先が掛け布団に触れた時、中からそれが跳ね上げられた。
視界がシーツで覆われる。
慌てて、火村は左手でシーツを払い落とし、ベットの上にむけて銃を構えた。

ターゲットの名前はマリア。
亡国の王女。
外遊にこの国に来てそして今夜死ぬはずだった。
だが、ベットの上に彼女はいなかった。
火村が視界を確保したとき、そこには男が一人二丁拳銃を構えていた。
片方は火村に向け、そしてもう片方は江神に向けて。
男は暗視ゴーグルをつけてはいなかったが、正確に二人の心臓に銃口を合わせていた。
シーツが音もなく床に落ち、一瞬の喧騒が嘘だったかのように静寂を取り戻す。
男は火村を見ているというわけでも、江神をみているというわけでもなかった。二人を同時に視界ギリギリにいれている。火村からは男の横顔しか見えなかった。
まだ若い。20代半ばか、せいぜい20代の後半といったところ。細身で、猫のようにしなやかな印象を受けた。三人は銃を互いに向けながら、動けずにいた。
2対1だからといって、こちらが有利だというわけではないと、火村は瞬時に悟っていた。
おそらく、こいつはプロなのだ。そう・・・自分たちと同じ。ただ、狩る側か、守る側かの違いだけ。
永遠とも思える静寂を破ったのは江神だった。
「久しぶりやな。アリス」
火村はその言葉にわずかに眉を潜めたが何もいわない。ただじっとアリスと呼びかけれた男を見ていた。アリスという男は、大型のテレビ画面を睨みつけるようにしているが、実際には視界の隅に映る男達を神経を張り詰めて観察しているのだと分かった。
「江神さんですか。ほんまに久しぶりです。」
「アリスが噛んどるとはしらんかったな。」
江神の言葉遣いは親しみすら感じさせるもので、火村はどういうことなのかと訝しがる。
「トップシークレットですから。これを知ってたのはマリアくらいのものです。」
「なるほどな・・・。で、そのマリアはどこや。」
ふいに、江神がうごいた。っが、銃を持ったほうではない。左手で頭につけていたゴーグルを取る。
一瞬空気に緊張が走ったものの、アリスは銃を動かさなかった。
火村の視界にノイズ交じりに江神の顔が見える。笑っているように見えた。
「今、何時ですか?」
「時計はおいてきたわ。火村おしえたって。」
顎をしゃくってこちらに指示をする江神に、ゴーグル越しに強い視線をおくったのだが、もちろん彼に通じるわけがない。
時計なら、火村の左手にはめてあるのだが・・・
「おかしな行動せぇへんかったら、うたへんわ」
アリスが、口元にうっすらと笑いを浮かべていった。
火村はゆっくりと左手を目の前にまで上げる・・・。が、このデジタル時計は横のところを押さないと、文字がひからない。一瞬躊躇した。右手をアリスという男からそらす気はない。
左手でそのままゴーグルを上げ、部屋に備え付けてあるアナログ時計に目をこらして蛍光塗料の塗ってある文字盤を読んだ。
「2時13分」
時刻を告げると、今度こそアリスという男はゆったりと笑った。
もちろん、二人に向けた銃口はそのままに。
「今頃は、国境を越えて自国にかえっとるころや。」
「やられたな・・・」
江神はそういったが、ちっとも悔しそうには聞こえない。
火村は内心酷い憤りを感じていた。江神と組んできてこれまで、一度たりともしとめ損ねたことなどなかったのだ。
江神が銃口を上に向けてアリスからそらした。
アリスは動かない。そして火村も。
「火村、銃を収め」
言われても、火村は銃をおさめなかった。じっとアリスの横顔を見詰める。
「火村。ターゲットがおらへんのやで」
あきれの入った江神の言葉。面白がっているようにも聞こえた。
それでも、二人が動かないのを見て、また江神が口を開く。
「火村、銃を引け。体術や頭つかうんはお前の方が上やけどな・・・。
 銃だけはこいつにはかなわへんぞ」
アリスも火村も動かない。
「クライアントもアリスが相手やったっていうたら納得するわ。銃を引け」
再三言われ、火村は渋々と銃を引いた。
途端にふっと空気が軽くなったような気がした。
アリスは完全に二人が銃をしまうのを待って、銃口を下げた。
先ほどまでの厳しい顔が、柔らかくなる。
「お帰りはどちらから?」
冗談めかしてアリスがいう。
「明日の10時にチェックアウトや。今夜はこのホテルに泊まる」
「相変わらず堂々としたものですねぇ」
「まぁ。急いで帰ってもやることないしな。」
二人は火村が冷ややかに見ている前で穏やかに会話を交わす。
「さっ帰るで」
っと友達の家から去るかのように背を向け寝室を出る江神に、アリスがおやすみと声をかける。
火村は粛然としないものの、江神を追う。
寝室を出ようとしたところでアリスに声をかけられた。
「なぁ、君。マリア暗殺にいくらもろてん?」
何故そんなことに答えなくてはいけないのだと本気で腹を立てたが、無邪気な笑みを浮かべるアリスに火村はボソリと素直に答えた。
「前金で2本、3本が後金だ」
アリスはそれを聞くとなにやら考えるように天井に目を向けた。
火村はそれを見たものの、それ以上付き合う必要はないと部屋をでようとしたとき、
「またな」
そんな言葉が背中に投げられた。

リビングにはすでに江神の姿はなかった。
来たときのように足音を殺す必要がない。肩の力が抜けて、仕事のあとの程よい疲れと充実感が残る。
いや、今回はターゲットをしとめ損ねたわけなのだが・・・
銃をあいつに向けていたときの憤りはどこかに霧散していた。
またな っとあいつが言ったからではないが、きっとあいつとはまた顔をあわせることになるだろうという予感がした。

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