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天秤と伴に眠れ 5

さ、ここでばっくれます。
あのあと、数度の問答の末、私は火村を部屋の中へひっぱり戻すことに成功した。
私は医者がくれた診断書と、額の傷の塗り薬を火村に見せ、自分が記憶を失っていることをつげた。
彼がそれを本当に信じたかどうかは別にして、一応納得したように頷いてくれた。
だが、うまくいったのはここまでで、火村は、私が宥めても、怒っても、頑として私と没交渉になった経緯は話さなかった。そして、隙あらばこの場から去ろうとするので私はこの問題を棚上げせざるを得なかった。
「なぁ。火村。俺と君はほんまに没交渉やったんやな」
「アリス・・・何度もいわせるな。その話は無しだ」
心底つかれた顔をする火村に私もため息をついた。
そういえば、来たときは気付かなかったが、大分やせたのではないだろうか。
元が精悍な顔立ちをしているだけに、それが少しでも欠けると五歳ほど年上に見える。
まぁ、私が童顔だということもあるのだが。
「理由のことはええ。そのうち聞き出したるから」
強気にそういって挑発してみたが、火村からの反応はない。
どうやら、私たちの間には相当きまづいものがあったらしい。
しつこいようだが、彼の話が本当ならば・・・だ。
そう。私は、彼を疑っている。
自分の記憶喪失という事態の方が世間的には、かなり特殊なケースで、それこそ嘘っぽい話だ。
それに引き換え、没交渉などというものは世間に溢れている。
親兄弟ですら、十年ぶりに再会した・・・などという話はありふれるほどありふれているのだ。
だが、私と火村の間にそれがあるとは信じられなかった。
「火村、ほんまに君と俺は2年間交渉がなかったんやな?」
繰り返すと、返事はないものの、こっくりと頷いた。
それは嘘をついている態度には見えなかったが、私には疑いがある。
「でも、それは変やないか?」
火村の反応はない。だが、拗ねている男に口を出されるよりはマシかもしれない。
私は疑っている理由を列挙することにした。
「君が、俺と没交渉やったっていうんやったら、おかしなことが大匙一杯ほどあるな。
 まず、君がいま飲んでいるカップ。それ、なんの特徴もあらへんけど、
 君の知っての通り、君専用のものや。
 それに、俺が電話したのは携帯電話からやで。機種は俺の記憶とは食い違っとったけど、
 君の短縮番号は俺の記憶どおり、一発で発信できたわ。
 それに、君がおそらくいつやら置いてったか、忘れとったかしらんシャツもあったで?
 あぁ、君がつこうとった、黒いエプロンもあったな。どうおもう?」
どう思う?っとはもちろん、没交渉だった相手のものを2年間という長い間部屋においておくかということについてだ。火村は視線を上げない。考えることそのものを放棄しているようにも見えた。
「まぁ、俺は記憶があらへんし、妄想家の考えなわけやけど、
 普通こういう状態で、二年間没交渉やったっていわれても、普通はしんじらへんよな?
 俺かて、君の持ち物が全てなくなってて、部屋の中がこざっぱりしとったら、
 君のとこに電話かけるのも躊躇したかもしれへん。けど、全くそんなことはなかったしな。」
それに、私はもう一つ疑っていることがあるのだ。
「君、もしかして何かたくらんどる?」
火村にようやく反応らしきものが見えた。
彼はわずかに顔をあげ、こちらを見たのだ。
一体何をいっている?っという台詞が今にも聞こえてきそうな顔。
いや、それとも “それはこっちの台詞だ” か?
「しつこいようやけど、俺、嘘はついてへんからな」
「あぁ・・・」
火村が返事をした。
ただそれだけなのに、なんだかホッと安堵する自分に気付き、私はなんとなく顔をひきしめた。
「まぁええわ」
ポツリと自分に言い聞かせるようにつぶやいたあと、もう一つの疑問点を挙げた。
「それというのも・・・というか、本当はそっちが本題やったんやけど・・・
 っていうても・・・君と二年間あわへんかったっていうんやったら・・・・」
途中からぶつぶつと独り言になってしまった。
ちらりと火村を伺うと、あきれたような顔でjこちらをみていた。
私は急に恥ずかしくなって、咳をした。
「いや・・・やから、優子さんのことや」
「お前の婚約者とかいう女のことか」
火村の声が幾分硬い。
「あぁ。君どうおもう?」
「どうといわれてもな、お前がさっきブツブツいってたとおり、俺はこの二年間の
 お前の素行なんてしらねぇよ。そんな女がいたことすら今日はじめて知ったんだ」
気のせいか、彼の声には普段以上に厳がある。
「まぁ、そのことは置いといてやな・・・。
 この部屋から想像してみぃ。君が最後に入った二年前の部屋と比べてどうや?」
火村はへの字に口を曲げて、こちらを見た。
どうやら、何かまずいところを踏んだらしい。私は、それに気付かぬふりをして、言葉を続けた。
「おんなっけの“お”の字もあらへんやないか。
 彼女・・・しかも婚約者のおる独身男の部屋にみえるか?」
火村が言葉を継がないので、結局私がまた口を開く。
今日はえらく舌を使わされる。
「ほんまに彼女がいてるんやったら、もうちょっと色気のある部屋になってると思わんか?
 カーテンやって、こーんな地味な青のストライプやなくて、もっと気の利いたもんなはずや
 それに、二つぞろえの茶碗やコーヒーカップ、それに洗面台には揃いのハブラシ・・・
 っていうのはちょっとロマンチックすぎるかも知れへんけど・・・それくらい
 変化あってもおかしないよな?」
やはり火村は口を開かない。私はため息をついてもういちど彼に問うた。
「そのことについて、君はどう思う?
 婚約までしとる彼女の持ち物が一個もこの部屋にないのに、
 二年間没交渉やった君の持ち物が、二年前のままこの部屋にあることについて」

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