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天秤と伴に眠れ 3

「まずは、ここ見てくれ」
食事が終わり、食器を流しに運んだあと、アリスはそういって、額をかくしていた前髪を上げた。
右側の生え際のあたりに、傷があった。5センチくらいのそれは、まだ真新しく、数針ぬったのか腫れ上がっていた。
火村がそれに眉をひそめると、アリスは苦笑する。
「なんやぼーっとしとったのかしらんけどな、落ちたんやて」
「どこから?」
「階段から。あ、ぼーっとしとったんやからな。誰に押されたわけでもないで」
「わかってるさ」
火村はアリスと視線があうと、ばつが悪そうに視線をテーブルの上に落とした。
アリスはそのことが気にかかる。
先ほどから、火村はぎこちない態度ばかりをとっているのだ。だが、電話をしたときからあまり機嫌もよさそうではなかったし、放っておくことにした。
「でな。こっからが本番やねんけど」
「あぁ・・・」
「俺がめぇさめたんは、一週間前のことや。
 消毒くっさい、病院でなぁ。ベットもうすくって、背骨がいたい・・・ってそんなんはええんや。
 とにかくな。最初にみたおかんがえらいふけとってな、おかしいなって思ったんや。
 しかも、その隣には、えっらい美人のこぉがいてるし。
 あれ、優子さんいうんやってなぁ」
聞きなれない名前に火村が視線をあげると、アリスは微笑んだまま小首をかしげた。
「あれ?君にはいうてるやろ?俺の婚約者やって」
「婚約・・・?」
火村のつぶやきに、アリスは眉を潜めた。
「あれ?俺、君にいうてへんの?」
「アリス・・・まて」
「ん?」
火村は一瞬考えるような顔をしたあと、口を開いた。
「お前、さっきから自分がやったことを・・・二人称で喋ってるのに気付いてるか?」
「へ?あぁ。当たり前や。これでも一応言葉を商売につこうとるんやで。
 これには、ちゃーんと訳があるんや。」
アリスは得意そうに、いたずらっ子のようににやりとわらった。いや、本人はにやりとやったつもりなのだが、他からみれば、にっこりとしか見えない笑いだ。
「で?」
「まぁ、一言でいうと、記憶喪失や」
軽くほろりと言ったようで、効果を計算してアリスは言った。
軽くいった方が、衝撃が大きかろうと。そして、それは半分ほどはうまくいった。
火村は唖然としてアリスを見つめ、言葉をなくしたのだから。
だが、うまくいったのはそこまでだった。
「帰る」
火村は突然そう宣言すると、立ち上がった。
「え?ちょっ・・・」
火村は、かけていた上着をとると、鞄を拾い上げ、足早に玄関に向かう。
「ちょ・・・まてや!」
アリスは何が起こったのかわからないまでも、あわてて立ち上がり、火村をとめようとした。
そして、アリスが火村の肩に手を置こうとしたとき、勢いをつけて火村がアリスを振り返った。
アリスは驚いて、手を止める。
火村は今までに見たことがないほど怒っているように見えた。
「君・・・なんで怒って・・・」
「何で?何でだと?」
唇が小刻みにふるえ、怒りを精一杯たえているという表情。
「俺、なんかしたか?」
「馬鹿にしてるのかアリス」
「は?」
「記憶喪失だと?・・・・作家らしい発想だぜ・・・」
まだ何かいいたそうに数度唇を動かした火村は、結局何も言わずに、またアリスに背を向けた。
アリスが呆気にとられたのは一瞬だったが、すでに火村は靴をはこうとしている。
「火村!待て!」
声を荒げると、火村は一瞬動きを止めた。
そして、肩越しにアリスを見る。
アリスは火村が動きを止めたすきに、すばやく距離を詰める。
「君が何をおこっとるのか俺はわからん。やって・・・・
 さっきも言うたけど・・・記憶をうしのうてるんや」
「アリス」
何か言おうとした火村をアリスは屹と睨み上げることで黙らせる。
「2年半分くらいや。俺が記憶ないのはここ2年半くらいの間のこと。
 せやから、二人称になるのも仕方ないやろ。婚約者やいわれたかて、俺、しらんもん」
「アリ・・・ス」
「まぁ突然こんなこと言うても信じてくれへんかもしれへんけど、本当のことや。
 俺かて混乱してんねん。自分が出した本とかは読めばわかるし、
 こんな生活やから、新しい知り合いが出来てるわけでもない。
 2年半くらいの記憶なんて、実生活にはあんまり関係ないと思ってたんやけど、
 いきなり婚約者や。いくら君のいう想像力豊かな作家やってお手上げや」
一気にまくしたてて、アリスは一度息をついた。
「ってわけで、君には、俺と優子さん言う人のことを聞こうとおもって・・・」
そこまでスラスラとのべていたアリスの言葉がそこで不明瞭になる。そして、
「・・・君に取り繕ったところで・・・どうにもならんな。
 正直にいうて、俺は優子さんを愛しとったんやろうか?
 そもそも、俺、彼女と本当に婚約しているんやろうか?」
「アリス・・・・」
今度は言葉をさえぎられなかった。火村は必死に何かを考え、そして口を開く。
「俺はその質問に答えられない・・・」
「でも、君ならなんかきいとるやろう?」
「聞いてない・・・・なぜなら・・・俺たちはここ2年間没交渉状態だったんだから・・・」
アリスはその言葉に心底信じられないというような顔で火村を見つめた。

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