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スパイ

あぁやはりそうだったのか。

私は彼の姿を見てうっすらと笑った。
何を情けない顔をしているのか。
きれいに整った顔は、閉じられない唇だけでひどく間が抜けて見えた。
1メートルほど距離をあけて立ち止まった私はよりいっそう笑顔を深めて彼をみた。
すると、彼はいらだちに似た表情を浮かべ、ふいと視線を海にむけた。
海を見下ろす崖。海風が髪をなぶり、コートがばたばたと体にはりついた。
足元を覆う白い雪と、遥か下から水平線まで続く黒い海。
あぁ、理想的だと私は思い、息をふっと吐くように笑った。
その横顔にチリチリと睨むような視線を受け、彼と瞳をあわせた。
彼は一瞬だけ私と視線を絡めた後胸元のタバコに手をのばし、何かに気付いたように手をひっこめ、代わりにコートからタバコをとりだした。
それは何気ない仕草だったが、ふと気になり瞳で尋ねると、彼は肯定するように僅かに頷いた。
彼には盗聴器がついている。
それを知らせるための行動だったらしい。
彼は強い風を片手でさえぎり口にくわえたタバコに火をつけようとしたが、なかなかうまくいかない。
見兼ねて私が寄ると、彼はおとなしく私にライターを渡した。二人の体で風をさえぎりなんとか火をつける。
彼は何気なくコートをあけ、黒光りする銃を私に見せた。
私の命を奪うはずの銃。
彼から私がもらう最後のプレゼントはこの銃の弾丸だろう。
火が点くと彼は海をむきなおった。
ライターが私の手に残ったが、私はそのまま自分のコートにしまう。
彼からもらう最後から二番目のプレゼントだ。
しばらく風の音だけをきいていた。
頬を切るような風、耳が痛かった。
「いつからなんだ?」
ようやく口を開いた彼のことばがあまりに陳腐で悲しくなる。
もう少し気の利いた台詞を用意していてくれればいいものを。
だが、もし、彼が映画のラストシーンを飾るような台詞で私に話しかけてきたとしたら、きっと私は笑えなかったはずだ。だから、きっとこれでいいのだろう。
私はめいっぱいの笑顔で彼の横顔を見る。
「最初っからや」
明るくあっけらかんと。うまく言葉が出てきたことに私は嬉しくなった。
「そうか…じゃあ、何故裏切ったかきいても無駄なんだな」
海を見たままの彼には見えるはずも無いが、私は笑顔のまま一つ頷いた。
「あぁそうや。俺は寝返ったわけやない。最初から向こう側の人間やからな。」
振り向かない彼の横顔を見ながら私は言葉を続ける。
「君に近づいたのやって偶然やない。本国からの指示やった。
 写真見せられたときはえらい驚いたわ。」
あの狂気じみた酷い学校。脱落したものは何処かへ連れて行かれ帰ってはこない。
その中で必死に外国語を覚え、諜報手段を覚え、心理学を学び、暗号を解読し必死に机にしがみついた日々。
彼がこっちを振り向く。私はまたゆったりと微笑んで見せた。

― なぁ、俺はきづいとったよ。君、ヒント出しすぎなんやもん。 ―

「鼻筋の通った眉目秀麗の嫌味なくらいのイイ男。
 育ちもよければ、頭も切れる。それで俺と同い年なんやからな。」
通常連絡の白い封筒ではなく、茶色の封筒に入れられた“マリア”からの手紙。
特徴のない“g”の文字。
わざとらしく間違えられた符丁。
「MI5の高級将校。ヒムラ・・・そう、君や」
「アリス・・・」
海風に吹かれひび割れた唇が、私の名を呼ぶ。
彼の目が私の問いかける。何故、罠だと知っていてのこのこと来たのかと。
それに私は歪んだ答えかたをする。
「君のおかげで本国は大助かりや。**外交官もうまいこと始末できた。
 君には感謝せなあかんな。君、なぁんも気付いてへんかったろ?」
そう。私が罠と知りつつここに来たのは“君が何も気付いていなかった”と、盗聴しているヤツラに聞かせること。
君を生かすために来たのだ。どうせこのままのらりくらりとしていても破滅は見えていた。
私が始末されるのが先か、君が始末されるのが先か。
最悪二人とも死んでしまう。そんなのは私はごめんだ。
「アリス・・・」

― いつものええ声が台無しやな。 ―

さぁ、火村、銃を抜け。
私は怖くない。
もう私は疲れてしまったのだ。
あの地獄みたいな教室で、旧友たちを蹴落として生きながらえるのも。人の命を売り買いするのも。善意の人間をだましていくのも。全ての人をまず疑ってかかることも。
もう、たくさん。
火村の顔はひどく怯えていた。
黒い瞳がぐらぐらと揺れ、何かを考えようとしてその全てが形を成さないような感じ。
なにをぼさっとしているのかと私は言葉に出しそうになった。
君は俺を始末しに来たはずなのだから、さっさと銃を抜けばいい。私はそれを甘んじて受けよう。だが、そんなにぼやぼやしていたのでは、おそらく私たちを遠巻きに見ている連中に先を越されてしまう。
そう思ったとき、火村がハッとしたようにわずかに顔をそらした。
私にわからないところできっと合図が出たのだ。
早く私を殺せ・・・と。
火村はひどく緩慢な様子で腰に抱いていた銃を取り出した。
そして、またゆっくりとそれを俺の胸に向けた。
「あほやな君」
銃を持つ手が、傍目にも見えるくらいに震えている。素手の手は寒さのせいでおそらく感覚がないだろう。そんなんで引き金がひけるんか?
火村が必死に私に何かを伝えようとしてるのが分かった。
それが何なのか、私には分かる。分かるからこそ無視して、微笑した。
私は逃げてはやれないのだと笑顔に込めた。
すると、彼は、信じられないことに、今にも泣きそうな顔をした。
「アリス・・・・」
震える低い声に、私は酷い罪悪感を覚え、そして気付いた。
「あほやな君」
もういちどつぶやく。
「そして、おれもあほや」
本当に、私はバカだった。この期に及んで気付いてしまった。
君に私を始末させるのは自分のエゴだった。
別に君に、始末つけさせる必要はない。君に止めを刺されるのは俺の願望であって、決して必要な手続きではない。
だが、きっと君は後悔するんじゃないだろうか?
自らの手で私に止めをささなかったことを。
「いうとくけどな。俺の仕事は完璧にあがりや。わかるか?火村」
「・・・・」
応えない火村に私は満面の笑みを浮かべる。
仕事のために生かされてきた私の仕事は、これで終わってしまった。
完全に“あがり”だ。
「残念やけどな。俺はお前に殺されてやる義理はない」
「アリス?」
あぁ、この期に及んで君はまだ、私が逃げることを望んでいるのか。
私が君に背を向けて逃げ出し、君が見逃す?馬鹿な・・・。そんな茶番を黙って見逃すほど、甘い奴はいない。
失笑を抑えて私はゆっくりと海の方に顔を向けた。
黒い海が風のせいでところどころ白く見えた。
「さよならや。火村」
私は最後の言葉を海を見ながら言うと。海に向かって駆け出した。
「アリス!!!!!」
火村の絶叫が背中ごしに聞こえ、私はまた笑ってしまった。
一歩、二歩、三歩・・・・四歩目で私は身体を空へ投げ出した。

君に最後は弾丸をもらう予定やったけど・・・まぁ、最後のプレゼントが君の愛用ライターやっていうのもアリやな。ダンヒルやで?君の一番のお気に入り。
後悔しや?こいつは俺の道連れや。
いつか、向こうで返したるけど・・・どうかその日が遠くでありますように。

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