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067 小さな光りで照らしてくれればいいから

助教授火村 と 新米刑事アリス

久々なので、リハビリ用に投稿
何やら毛色の違うのが混じっているな…と、火村が気づいたのは、とあるマンションの一室で起こった殺人事件が解決した後のことだった。
犯人の両手に鉄の輪がはめられ、集められた関係者達がそれぞれ複雑な表情をしながら帰路についている。そんな中、その毛色の違う人物は、被害者の母親…ここ数日でどんどんと老け込み痩せていった女だ…に何やら話しかけていた。
涙ぐむ女性の背中に軽く手を当てて、話しかけている男。
新人だろうか。
まだ若い。火村よりも5つ6つくらい下。
身長は平均よりも少し高めだが、体重は平均よりも下だろう。
痩せ型で、染めたわけではなさそうな明るめの髪色。
ひと目で安物と分かるスーツ。
柔らかな表情はここに集まっている警察連中とは一線を画している。
さながら他の連中がドーベルマンにシェパードだとすると、彼はミニチュアダックスフンドといったところか。
しかもずいぶんと明るい毛並みの。

「あぁ、有栖川ですか」

横からの声にそちらをみると、この現場を取り仕切っていた小暮という刑事が火村の視線を追って件のミニチュアダックスフンドを見ていた。
「彼のことですか?」
「えぇ。今年配属されたばかりなんですよ。この仕事には向かないんじゃないかなんて最初は心配してたんですがね…」
「へぇ…優秀なんですか?」
見た目によらずということかと火村が関心をしめすと、小暮は苦笑しながら肩をすくめた。
「いやいや、捜査についてはまだまだひよっこ。卵から孵ったばかりでおしりに“殻”がついてますよ。…でも、彼には我々とは違うものを持っています。普通警察なんて因果な商売をやっている人間は、相対する人に警戒心を起こさせるものがおおい。だが、彼の場合は…真逆。癒し系とでもいいますか…、この業界の経験が浅いこともあるんでしょうが…私達とは反対に人をリラックスさせる効果を持っているらしいんですよ」
刑事なんて職業の人間を前にすると、後ろめたいことが無い人間でも緊張し身構えてしまうものがほとんどで、口もかたくなりがちだ。
だが、そんな硬くなった人間でも、有栖川という人物を前にするとふっと肩の力が抜けるらしい。
これまで“覚えていない”の一点張りだった人間が、“そういえば…”なんて事を言い出したりする。
泣いていた子どもがきょとんとした後、ぽつぽつとつたない言葉を紡ぎだす。
キーキーとヒステリックに騒いでいた女が、ころっと“ごめんなさい”なんて殊勝な態度をとりだす。
警察への不信感ありありに不機嫌に口をつぐんでいた人物が、聞いてくれとばかりに自分の身の上話から何からしゃべりだす。
「いや、本当に捜査官としてはひよっこでね、こないだも証拠品をなくしたり、捜査資料をシュレッダーにかけたりと…まぁ本当によちよち歩きならぬ、はいはい状態なんですがね。本人には言いませんが、実は結構助かっているところもあるんですよ」
視線の先で、有栖川という新米刑事が女性から飴をもらっている。
それをみて、眉を潜めたのは小暮。思わずわずかに目尻を下げたのは火村だ。
はにかみながら頭を掻く有栖川。
その優しげな横顔を見た火村は、自分の胸のなか暖かな涼風が吹いたのに気づいた。
「あのひとタラシが」
小暮が言い、「有栖川!」と部下の名を呼ぶ。
「はいぃッ!」
文字通り飛び上がって返事をした有栖川は、小暮を振り返り、そして火村に目をうつした。
瞬間。
有栖川の目がわずかに見開かれ、パッと明るく輝き笑顔に変わる。
その瞬間また妙な感覚が火村を襲い、彼は無意識にきっちりと締めていたネクタイに指をかけ少しだけ緩めた。
「ほら、紹介してやるからちょっとこっちへこい」
「はいッ!」
新人らしい元気な声。
ほんのすこしの距離を駆け寄った有栖川は、ほんの少し高い火村の視線に合わせて顔を少しだけ上げた。
「今年から小暮警部の下でお世話になってます。有栖川有栖です。今日の先生の推理、めっちゃ…じゃなくて、とても感動しました!これからよろしくお願いします!」
元は関西の出身なのだろう。ところどころ独特のイントネーションで一気に言い切った有栖川は、勢い良くぺこんと頭を下げる。
「有栖川…アリス?」
一度聞いたら忘れられそうにない名前。
本名なのだろうかと火村が思っていると、顔を上げた有栖川は頬を赤らめていた。
「えと…その、今流行りのキラキラネームの走りみたいなもんや…と思います」
「はぁ、すみません。火村先生、こいつまだまだ学生気分が抜け切れなくて…」
敬語が不自由で申し訳ない。
嘆くように言った小暮はコツンと有栖川の頭を小突く。
「いいえ、いつもは本物の学生を相手にしていますので。全く気にしませんよ」
確かに残念な敬語だが、火村が教壇にたっている大学の生徒の中には、礼儀を一切教わってこなかったのか年上相手に平気でタメ口をきくものもいる。
そこそこレベルの高い大学だと自負しているのだが、それでも一定レベルに達していない頭の痛いものがまじっているのだ。
それに比べれば先ほどの言葉遣いなどかわいいものといえよう。
「有栖川有栖さんでしたか。私は火村英生といいます。時々こんな風に現場にお邪魔させていただいています。こちらこそこれからよろしくお願いします」
現場にお邪魔させてもらっている身として、丁寧に腰を低くして火村がいうと、有栖川という男は「ふぁっ」という変な声を出してますます真っ赤になってしまった。
思ってもみない反応に火村が目を丸くしていると、小暮がはははと豪快に笑いながらバシバシと有栖川の背を叩いた。
「こいつ、これまでの火村先生の活躍を先輩たちに聞いて憧れを抱いておりましてね、それで今日はもう朝から傍目にみて分かるくらい浮かれてまして」
「小暮警部ッ!」
「で、現場で火村先生を見た途端、かっこいいかっこいいってまるでアイドルファンの女子高生みたいにきゃぁきゃぁと…」
「あぁ~、い、いわんといてください!はずかしいっ!」
耳まで真っ赤になっている有栖川。
火村はそんな彼の様子をみて、不思議とまた鼓動が高くなるのを感じた。
「と、こんな調子で一日うるさかったのですが、先ほど先生が凶器の在処の推理を始めた途端今度は…」
「あ、あああああ~、もうほんま堪忍して下さいッ!!」
はははと大きく笑う小暮に合わせ、火村は小さく苦笑しながらまたもや不思議な感覚にとらわれていた。

火村自身の自覚はどうであれ、彼は女性に非常に好かれやすい容姿をしている。
高い身長に整った眉目、黒々とした目は猛禽類のように鋭い。程よくついた筋肉に、すらりと延びた手足。
見た目とともに、若くして助教授の席についているとあれば将来も有望。
まぁ難を言うならば、ファッションセンスについては少々個性的だが、それを上回る魅力。
そんな男、よほどぼーっとした女でもなければ見逃すはずがない。
当然、女性に言い寄られることが多く、熱のこもった目を向けらることも多い。すれ違った女の全て…とは言わないまでも、大半の女性は彼を振り返り、ほぅっと熱のこもった息をつく。
どんな女も彼の注意をひきたがり、話す機会に恵まれれば普段よりも二割増しに笑顔をみせ、オクターブ高い声を出す。
大半の男性はそんな風に見つめられたり、言い寄られたりすることを喜ぶのかもしれない。いや、好意を全面に表されたならば、好みの女性でなくてものぼせてしまうはずだ。
だが人間嫌いでならす彼はそんな女性たちがいつも面倒でしかたがなかった。
特に好きだという気持ち、近づきたいという気持ちを全面で押し出して来る人間には嫌悪すら覚えていた。


だが、今日は…
いや、相手が有栖川に限っては…

嬉しい。

そんな名前の感情が素直にすとんと落ちてきて、火村は珍しく動揺した。


「……まぁ車の運転手くらいはできますから」
「はい?」
火村が自身の感情に唖然としている間に話が進んでいたらしい。
慌てて小暮を見る。
「今日はもう結構ですので、また後日改めて来てもらえませんか」
「あぁ、それはもちろん」
答えた火村に「ですので、有栖川に送らせますよ」と小暮が続けた。
「今日は電車でこられたといっておられましたよね?ですからよろしければ、有栖川に送らせますので…」
「いや…」
これまで何度か同じような事を言われたことがあるが、火村はそのたびにがんとして断っていた。
捜査の現場ならともかく、プライベートとなったあとで狭い車の中で同じ空間にいるということ、話をするということはひどく息が詰まる。
その億劫さを考えるならば、まだクタクタの体を引きずって電車で帰った方がましというもの。

だが…。

期待にキラキラと目を輝かせている有栖川と目があうと…

「そうですね…。ではお願いします」

彼の口は勝手にそんな言葉を紡いでいた。

途端有栖川の輝きをました目が細められ、「はい!」と元気の良い返事をする。
「…有栖川、安全運転で頼むぞ。火村先生はうちの署にとってとても大切な人なんだからな」
小暮の声が一拍遅れたのは、火村の返事がよほど意外だったからだろうか。
これまで何度も提案しては断られている小暮の目が丸い。
「わかってますって!まかしといてください!」
「お前は…張り切るのはわかるが…、張り切りすぎて事故なんか起こすなよ」
「大丈夫です!ちゃーんと送りますって!」
「そういってお前はいつも空回りしているのをわかっているのか?…あぁ、それから今日は仕方がないから直帰で…」

火村は平和的なやりとりを聞くともなしに聞きながら、無意識に唇を指で触っていた。

彼は自分の感情の動きを訝しんだ。
自覚している生来の人間嫌い。
社会人として生活する上で必要な人付き合いこそすれ、プライベートで親しくしている人間など皆無といっていい。
友人と呼べる人間はおらず、せいぜいが顔見知り程度の付き合い。
女性との付き合いも淡白で、割り切った相手と夜だけの関係を結んだことしかない。
他人から近寄ってくる事はあっても自分から近づくことはまずない。
そして近づいてきた相手にはいっそ目にみえないのが不思議というほどに厚く高い壁を築き、一歩たりともテリトリーには踏み入れさせない。
その自分が、有栖川という相手に対してだけはガードが甘い。
いやガードが甘いというより迎合しているような気がする。
何故?
彼のどこが他の人間と違う?
火村の思考は続く。
確かに人好きのする人間であるようには見受けられる。
だが、これまでだって誰にでも好かれるような人間にあったことはあるが、このような反応を自分が示したことは一度としてない。
年下だからというのももちろん違う。
新米刑事の張り切り具合が微笑ましいという気持ちはあるが、まさかそれだけが理由とは思えない。
容姿だって…整っている方ではあるが、特別に目を引く程ではない。

「火村先生?」

はっとして顔をあげると、こちらを心配げに見つめる二つの顔。
「何か疑問点でもありましたか?」
「いえ、なんでもありません。では、今日のところはこれで失礼しても?」
「えぇもちろんです。お疲れ様でした」
小暮に軽く会釈をすると、火村は小暮から有栖川へと視線を移した。
火村と目のあった有栖川はきょとんとした後、首をコテンと斜めに倒した。

謎は自らの胸の内。
解もまた自らの胸の内。
だからこそ難しい問い。
だが推理のための材料はすぐそばにある。
そうまだ始まったばかりだ。
いや始まってもいないかもしれない。

面白い。

ふっと火村が微笑みを浮かべると、小暮は幽霊でも見たかのように大きく目を見開き、そして有栖川はカッと頬を赤くした。

幸い、推理・推察・推考といった類のことは得意だ。
検証の時間はこれからたっぷりとあるだろう。

「途中で食事でもしていかないか?」

にこりと微笑み火村が誘いの言葉を口にすると、「ふぁ」と有栖川はまたおかしな声を上げ、その隣で小暮は卒倒せんばかりに目を見開いた。

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