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ドライ・シェリー

黒刃×斬鉄姫

カウンターの隅で1人黙々と酒を飲む男がいる。
暗い群青の簡素なシャツ、革製の厚いズボンに編み上げのブーツ。大きな剣は見当たらないが、腰に幾重にも回されたベルトには護身用のナイフがこれ見よがしにささっている。
しなりのよさげな体つき、盛り上がった筋肉には幾筋かの古傷が見える。
身長は高そうだが目方はさほどでもなく、必要な肉しか身体に付いていないことが一目でわかる。
傭兵だろう。
店の客は誰もが一目でそう思った。
傭兵という職についている人間には独特の空気、雰囲気がある。
狩人や賞金稼ぎ、あまり表だって人に言えぬ職業につくものも似た空気を持っている。だが、傭兵はやはり傭兵。独特の匂いでそれとわかるのだ。
酒場に出入りしている商売女たちは先程からその傭兵に好奇の目を向けており、男たちは彼をいないものとして扱っていた。



シウリナはこの店で商売をしている売れっ子だ。
栗毛の長い髪に、目尻の下がった甘い顔。
小柄ではあるがメリハリのある体は男の気を引くのに十分な魅力を秘めている。
彼女は先程からカウンターの男を気にしていた。
男は若くかなりの男前だ。傭兵としての腕前もかなりのものだろう。だが金回りはさほどよくは見えない。
あれは稼いだ金を自分の装備と飲み代に全てつぎ込むタイプだ。
商売にならないこともないが、金に色はつけてもらえないし、常連にもなってはくれないだろう。
暴力を振るう男や、女子供を食い物にするような男とは別だが、あれはあれでろくな男じゃない。
だがそれでも、いやそれだからこそ女の心を惹き付ける。
「行くの?シウリナ」
隣にいた商売友達が声をかけるのに彼女は「迷ってる」と返した。
「あんまりお金持ってそうにないし」
「そうね、でも彼すごくステキ」
うっとりとして言う。
彼女はロマンチストで男を見る目が全く無い。
「あんたはやめときなさい」
私の言葉に彼女は頬を膨らませ、すぐにくすくすと笑いだした。
「わかってる」
シウリナは彼女に笑みを返し、立ち上がろうとした。
だがその前に酒場の扉が開き、客がざわめいたのでタイミングを逃してしまった。
新しい客もまた一目でわかる傭兵だった。
ただし若い女の。
燃えるような紅い髪に、むき出しの肩。さらしのような胸当てに黒いタイトなズボン。ゴツいベルトに丈夫そうなブーツ。
すらりと背が高く、手足が長い上に目も覚めるような美人で、男性客が目を見張っている。
彼女はそんな視線をもろともせず店内をちらっと見渡すと、長い足を誇るように歩きカウンターの傭兵のもとへ歩き出した。
誰もが二人の距離が縮まっていく様子を緊張感を持って見守っていた。
二人の間に一触即発の危険な空気をかぎとったのだ。
昔は稼ぎの良い冒険者であったらしいマスターが厳しい目で二人を見比べている。
しかしそれは不発に終わった。
女は男の隣に椅子1つ分を開けてあっさりと腰を下ろし、男は女の方をちらと見て手元の酒瓶を彼女の方にどんと置いた。
酒場に喧騒が戻る。
シウリナは浮かしかけた腰を落ち着け、詰めていた息を吐き出した。
「あれはダメね」
商売仲間がおかしそうに言うのに少しだけムッとしながらシウリナは頷いた。
「付け入る隙はありそうだけど、やぶへびになりたくないから止めとくわ」
「やぶへびって?」
「当て馬にされそうってことよ」
当て馬。
シウリナの言葉を繰り返した彼女は、しばらく考え「そうかも」と言った。
そして「でもそれでもいいかも」とでれっと笑う。
そんな彼女にシウリナは呆れた。
「止めときなさいよ、惨めになるだけだから」



背中に感じていた心地よい視線が完全に離れてしまった事に気付き、アドニスはつまらなそうにため息をついた。
「ったく、お前のせいだ」
そして悪態をつくが、当のセレスはなんのことだかよくわかっていないようで「なにが?」と不思議そうに返した。
アドニスはとぼけた女だと思いつつ彼女の頭からカウンターの下に隠れた足までを透かすように見た。
これまで何人もの女を抱いてきたアドニスですら唸らせるような美女。
しかし、
「可愛いげがねぇ」
ぼそりと呟くと、セレスは噛みつくような目で彼を見た。
「また首を落とされたいのかしら?」
物騒なことをいうセレスにアドニスは肩をすくめる。
「ありゃ一度味わえば十分だ」
「そう、残念。でももしもう一度味わいたくなったら遠慮なく言ってちょうだい」
「本当に可愛いげのない女だ」
酒をぐいぐい飲み干す男をセレスは横から見つめ、「そういえば」と商売の話を始めた。
グラース商会から請け負った用心棒の話、それから浜に上がった獣に食い散らされた遺体の話。
セレスはつまみに出されたピーナッツを指で遊びながら語るが、男はほとんどまともに聞いてはおらず彼女を観察していた。
見れば見るほどにいい女である。
アドニスはグラスをちらりと舐めると、ふいに彼女に手を伸ばし、セレスが反応する前に細くくびれた腰を抱くと、一気にスツール1つ分彼女を移動させた。
彼女は突然のことに目を大きく見開いて驚いていたようだが、アドニスがにやりとすると彼女は開きかけた口を閉じた。
動揺をからかわれるとでも思ったのだろう。努めて取り澄ました顔をして、話を続ける。
アドニスは彼女の腰に手を当てたまま、指先に意図を込めラインを引いてやりたい欲望に駆られた。
いや、実際、ぴくりと指は動いた。
しかし…

― まだ早いか。

アドニスは寸前でそれを自重し、空いた片手で酒を飲む。
とりあえず、今は腕を振り払われないことだけで良しとすることにしてにやつく口元をグラスで隠した。

*

「むかつくー、なによ、いちゃいちゃしちゃって!部屋でやれっての」

ふてくされた声に気づきシウリナは思わずプッと息を吹き出した。
「だって、ねぇ、そう思わない?シウリナ」
「そうねぇ」
言いながら視線を向けた先では、シウリナの狙っていた男が隣に座った女の腰を抱いている。
シウリナには彼女が言うほどには二人がいい関係には見えなかった。
男はその気があるようだが、女はあきらかに緊張を孕んでいる。
しかし…、男を許容しているということは、もうカウントダウンは始まっているということだろう。
あれでは絶対にもう商売にはならない。
「そんなことより、さっさと今夜の相手をさがさなきゃ」
シウリナは気持ちを切り替えると、視線を二人から離し店内に視線を巡らせた。

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