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出ちゃいましたPt.2-act.05

火村が女性の体になってから早いものでもう二週間がたった。
その間、ちっとも元の姿に戻る兆候はない。
火村はあまりに非化学的な出来事に対する自身の無力感に鬱々としていた。いや、彼を鬱々とさせているのはそればかりではない。
誰一人、いや、アリス以外のだれも火村が女であったことを覚えていない事実。
男どもに色目を使われ、年配の男性にセクハラ紛いの言葉をぶつけられる事実。
男だった時にはキャーキャー言っていた女生徒が、一転して火村に敵意の眼差しを向けてくる事実。
親友の母親に嫁扱いされる事実。
それらが悉く火村を打ちのめしたのだ。
中でも彼…彼女を打ちのめしたのは、自分自身が女という性に慣れ始めたという事実だった。
最初は抵抗があったはずの女性ものの下着に何の違和感も感じなくなってしまった事。
男だった時は、ろくに見たこともなかった鏡でごく自然に身だしなみを整えてしまうこと。
ふいに出てしまう女性らしい言葉遣い。
やはりどれもが火村をくたくたに疲れさせ、近頃では猫だって彼女を癒すことができず、事実を知るアリスだけが彼女の癒しとかしていた(そのアリスこそが元凶だとわかっているにも関わらずだ)。
熱心だったフィールドワークにも、女になってからは一度も出向いていない。

そんな火村を心配するのは、もちろん現在絶賛同棲…同居中のアリスだ。
彼は請け負っていた某小説の推薦文をなんとか早めに切り上げると、“次の小説の取材”という名目のもと火村を動物園にひっぱりだした。



生憎空は小雨を降らしていたが、昼には上がりそうなあんばいだ。
火村は白いトップスに、淡い緑のズボン。春らしいファッションだが、小雨もあいまってまだ肌寒い。
上着として今風のアルンジの入った春用のトレンチコートを羽織っている。
移動中も、そして目的地についてからも口数の少ない火村がアリスはやはり心配だ。
入り口に近い象の展示スペースで、「大丈夫か?」とアリスが聞くと、火村は「あぁ」とぼんやり答えた。
それから火村は自分の横顔をじっと見ているアリスに気付き、にやりと笑って見せた。
「大丈夫だよ。ただ園内は禁煙ってのが気に入らないだけさ」
「おまえなぁ」
やはり無理をしているなと思いながら、「これを機会にすっぱりやめたらどうや」と軽口を叩いた。
「こればっかりはな。それより、動物園なんて久しぶりだ。前はもっと人が多かった気がするが」
「それは小雨のせいやないか?ま、おかげで臭いもなんとなし気にならんし、ちょうどええ」
「臭い?そういえば」
今気づいたというように火村は鼻を動かす。
「ところで目当てはなんなんだ?肉食獣か?」
「お、当たりや。せやけど、被害者の遺体を食わすとか、凶器を食わすとかやないで?」
「あぁ、いまさらそんなトリックを核心的アイディアとか言い出したらどうしようかと思ったぜ」
「それについては安心してえぇわ」
二人は雑談を交わしながら猿山やラクダ、チンパンジーなどの展示コーナーを回った。
そしてそうしているうちに火村は自分の気分が少しずつ浮上しているのを感じ、またアリスはそんな火村に気づいた。
結果、二人は思ったよりもずっと動物園を楽しんだ。
バク、ビーバー、カピバラ、クマ、キリン、キツネ。
男同士ならばまずしなかっただろう写真も何枚かとった。
男同士だったときと同じ感覚で、しかしずっと近い距離でじゃれあう二人を、家族連れの夫婦は微笑ましく、またかつての自分達を見るような目で見つめ、同性ばかりのグループやまだ初々しい恋人たちはなんとも羨ましそうな表情で見つめていた。

いつしか雨があがり、二人はホットドックを片手にベンチで休憩をしていた。
「美味しくない、美味しくないけど美味い」
ホットドッグを頬張りながら、真剣な顔で矛盾した事を言うのはアリス。
結局美味しいのか美味しくないのかと問いたくなるが、火村にはアリスの言いたいことはしっかりと伝わった。
「ここでこうやって食うから美味いんだよな」
火村の言葉にアリスはニコリと笑う。
「縁日の焼きそばとおんなじや」
元の味がそれほどでなくても、雰囲気という調味料が実際以上にそれを美味しくさせるのだ。
「それにしても結構歩いた」
足を軽く叩く火村は、ローヒールを履いている。
元の火村の靴のサイズからすると随分小さく見えるそれに、アリスはなんともいえないムズムズとするような気持ちになった。
少し前までは大口を開けてパパッと食べていたはずの食事も、随分ペースが落ち、開ける口も控えめだ。
そしてその唇には控えめながらルージュが引かれている。
ほんまに女の子になってんやな。
その言葉を寸前で飲み込み、最後の一口を押し込むアリス。
火村の手にはまだ半分残っている。

なんとなく沈黙が続き、アリスは遠くから聞こえる孔雀の鳴き声に耳を済ませた。
ホットドッグ売り場のすぐ近くにあった孔雀の展示スペース。
大きな円柱形をした檻。
立派な尾羽根(?)を広げ、孔雀はこちらをじっと見ていた。
あれは威嚇だろうか、それとも求愛のポーズだっただろうか。
「そろそろ…」
「ん?」
視線を戻すと、彼…彼女の手元にあったホットドッグが消えていた。手にはその変わりにホットドッグの抜け殻が握られている。
「そろそろ、覚悟をきめねぇとな…と思ったんだよ」
自嘲ぎみに笑いながら、しかし強い力を持った瞳で言う火村。
アリスは“大丈夫か”という言葉を飲み込む。それは答えをきくまでも無い気がした。
火村は強い。きっともう大丈夫なのだ。
本当に。
アリスはにこりと笑って立ち上がり言った。
「君、ほんまええ女やね、惚れしまいそうやわ」

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