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ヴァルキリー II

歴史ガン無視
冬の戦場にて。

支えていた男の体がずしりと重みを増した事で、俺は友人が死でしまった事を知った。
つい昨日までは薔薇色の頬をしてニコニコと微笑んでいたのに、今は見る影もない。
蒼白な肌に割れた唇。閉じられたままの瞳。疲れた顔は一気に10歳も老け込んだように見えた。
涙は、出なかった。
悲しみも湧いてはこなかった。
幼い頃から一緒にいた親友が死んでしまったというのに。
俺が考えていたことといえば、故郷にいる彼の家族に一体なんと伝えればいいのかということばかりだった。

「だめだったか」

声に顔をあげると、同じ部隊で従軍しているルートヴィヒとかいう男が立っていた。
彼は死んだ友人の傍に腰を下ろすと、悼む目でしばらく見つめ、それから淡々と友人の身を改めだした。
ヘルメットを外し、その内側に彼が張り付けていた家族の写真をとり、認識表を外し…。
きびきびとした動作が、彼の“慣れ”を感じさせ、なんとも言えない気分になった。
「悪いが、彼を故郷には連れては帰れない」
「…あぁ」
口がこわばって上手く開かない事に、俺は初めて随分冷え込んでいることに気づいた。
たった一言声を発するのだって往生するほどに。
俺は自分の白い息を見つめ、ルートヴィヒはよくこんな冷え込みの中しゃきっとしていられるもんだと感心した。
特別暖かな服装をしているわけでもないのに。
「ついでに埋葬している時間もない」
ちらと彼を見上げると、彼は厳しい顔で友人の腰から短銃を取り上げたところだった。
「日が落ちるのを待って移動だそうだ」
「こ…こんな、陽気に、か?」
「あぁ」
日も差さない極寒の夜を歩くことほど命知らずなことはない。
きっと立ったまま凍りつき、死んでしまうやつが出るにちがいない。
うちの隊長は大バカ野郎だ!
口が凍りろくな悪態がつけない俺は、変わりに頭の中で精一杯の罵声を遠目にチラリとしか見たことのない隊長に向けて吐いた。
「気持ちはわかる。兵士は疲弊しているし、夜になれば冷え込みはきつくなる一方だ。せめて少しでも寒さの和らぐ夜明けを待つべきだ」
そうだ。
俺が頷くと、彼は澄んだ水色の目で俺をじっと見つめ、それから静かに首を横にふった。
「だが夜明けまでは待てない。夜が明ければすぐにまた敵も動き出すだろう。俺たちはその前に少しでも移動しておかなければ」
「……だが…」
「その方が、生存率が高い…という判断だ」
俺はどう返したらいいのかわからなかった。
確かに敵は今も目と鼻の先。
援軍が期待できない今は、早く移動しなきゃいけないのはわかる。
だが夜の行軍はとてもリスクが高い。
だまった俺に、彼は酒の入った小さなボトルを渡してきた。
そして「彼は残念だった」と言った。
だまったのは死んだ友人を残して行くことに対して罪悪感を抱いているものだと思ったらしい。
俺はそんな気遣いをされるまで、すっかり傍らの亡き友人のことなんて忘れていたっていうのに。
俺は傍らで冷たくなった男を見つめ、自分の心を探ろうとした。
悲しんでいないはずはない。子どもの頃から一緒にいて、数えきれないほどに一緒に遊んできた。野原でかけまわり、兵隊ごっこをし、協会の屋根にのって怒られ、木の上に秘密基地をつくり…、学校だってずっと一緒で、誰よりも仲の良い…兄弟のように仲良く育った男なのだ。
それなのに、何故悲しみが浮かんでこないのだろう。
まるでこの寒さに心まで凍りついてしまったかのようだ。
きっとあとで…、彼をここに置き去りにした後で…多分故郷に帰る列車の仲あたりで…悲しみは俺に襲いかかるのだろう。
その時になって俺は泣くのだろうか。
何故この時(つまり今)泣けなかったのかと後悔するのだろうか。
彼を何故連れて行かなかったのかと自分を責めるのだろうか。
「大丈夫か」
ぼんやりしている俺を心配してルートヴィヒはまた声をかけてくれた。
皆自分のことで必死、少しでも疲れを取り、暖を取ろうと丸くなっている中で彼は何と親切な人なのだろう。
ゆっくりと顔を彼の方に戻すと、彼は「しっかりしろ、気を落としている場合じゃないぞ」と言った。
「悲しむのは後でゆっくりやればいい」
彼の言葉に俺はおかしな笑いがこみ上げてきたが、強張った表情筋はピクリとも動かなかった。
「黄昏だな」
「え?」
「空が燃えるように赤い」
そっと外を伺うと、確かに外は黄昏だった。
真っ赤に燃えていた。
そらも。そして、雪原も。
今でも十分に凍り付くほどに寒いが、あの態様が沈めばもっともっと寒くなる。
昼間は生き残ったものも、きっと行軍の内に何人かは死んでしまうだろう。
なんて遠くに来てしまったんだ。
俺はいつの日かの冬の日の事をふいに思い出した。
赤々と燃える暖炉。その前で寝そべる犬と安楽椅子の上で編み物をする祖母。窓際には…そう、あれはクリスマスだ…もみの木が飾られていた。
父と母、姉、そしてまだ小さな弟…。
いや、家族だけではない。
そうだ、彼もいた。
おばさんが作ってくれたという大量のポテトサラダを持ってきてくれていた彼…、今はもう傍らでかちこちになってしまった男が大きな口を開けて笑っていた。
その時の彼を思い出した瞬間、俺は自分の心に大きな風穴が空いてしまっているのに気づいた。
あぁ、あの彼がいなくなったのだ。
いつも笑いあい、時には喧嘩をした彼が。
いたずらをしては一緒に怒られ、授業をさぼっては一緒に遊びに出掛けた。
俺の幼馴染み。
一番の親友。
そして時には恋のライバルでもあった彼が…!
なんてことだ。
もう彼はいない。
もう彼と馬鹿話をすることはないし、賭けトランプも、一本のタバコを分け合うこともない。
俺は失ってしまったんだ。

「…キリー」

「え?」

悲しみに苛まれていた俺は、ふいに彼がもらした言葉を聞き逃してしまった。
なんと言ったのか。
彼は俺の問う視線に気づくと、何でもないという風に首を振った。
「彼の遺品はお前が持っていくといい。同郷なのだろう?」
「…あぁ」
「もうすぐ日が沈む。出発が近い」
彼はそういってもう一度赤い空を見、そして友人に目を落とすと行ってしまった。
俺は彼を見送り、そして友人を失った寂寥に一粒の涙を溢した。
たった一粒。
しかし俺は泣けた事に少しだけほっとした。
俺は友人が見栄えするようにできる限りで彼の服装や姿を整えてやり、胸の上に手をおいてやった。
馬鹿野郎、死んじまいやがって。
くそったれ、さっさといっちまいやがって。
俺はまだまだそちらには行くつもりはねぇぞ。
せいぜい待ちぼうけくらいやがれ。
俺はその間にきれいな嫁をもらって、子供を4人も5人もつくって、ついでにその子らの子供だって腕に抱いてやるからな。
くそ。
そうだ。一番出来の悪そうなガキにはお前の名前をつけてやる。
どうだ、悔しいか。
悔しければ…、…悔しければ…。
ちくしょう。
ちくしょう。
ちくしょう。
「…くしょう」

いつのまにか、あれほど鮮やかだった空が色彩を薄めている。
気温はますます下がっていき、息をするのも苦しくなってきた。
止んでいた雪がまた降りだした。
暗くなっていく空に、それはまるで天使の羽根のようにきらきらと輝いて見えた。

「ヴァルキリー…」

俺はルートヴィヒが夕焼けを見ながら呟いたかもしれない言葉を溢した。

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