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紅蓮灰雨 05

よみかえさん

「聞いたわよ、セレス、あなた旅に出るんだって?」

いつものようにセレスが教会に向かうと、同僚の女性が声をかけてきた。ようやく二十になったばかりだがすでに子どもが二人もいる彼女はとても世話好きな人で、セレスは何度も彼女の世話になっている。
「まぁ、若いあんたがいつまでもこんな寂れた町にいるなんて思ってやしなかったけどね」
セレスよりもずっと若い彼女は笑い、セレスは苦笑した。
「でも急だね、あんたが男についていくんだって、男どもが嘆いてたよ」
「そんな噂があるんですか」
「その噂で持ちきりさ。あんたが森から男を拾ってきたのも、家に住まわせてんのも」
呼ばれた医者の子なんて、しつこくどんな人だったか男たちに聞かれており困っていたという。
「まぁあんたほどのいい女だ。街の男たちがどんなに口説いてもなびかないんだ。いい人がいるんじゃないかとは思っていたけどね」
「いい人って…」
彼女は絶句したが、すぐにそれは違うと両手と首を振って否定した。
「そんなんじゃありませんよ!」
「え?そうなのかい?じゃぁまさかお兄さんとか?」
兄?
「とんでもない!」
あんな戦争狂が身内にいてたまるかと否定すると、彼女はその剣幕が面白かったのか大きな声で笑った。
「なんだやっぱりいい人なんじゃないか!」
「違いますって!」
「じゃぁどんな関係だい?」
聞かれてまたもやセレスは絶句した。
まさか昔自分が首を落とした男だなんて言えるわけがないし、ましてやエインフェリアとして一緒に戦った相手ともいえない。
詰まったセレスに彼女は訳知り顔で何度も頷く。
完全に勘違いされているのはわかったが、これ以上はなにを言っても無駄そうだ。
「それに聞いた話じゃずいぶんいい男だっていうじゃないか。これまた男どもが歯噛みして悔しがっててね」
それに森の不死者どもを率先して封じていた。なかなかできることじゃない、立派な人だ……と、彼女はアドニスをべた褒めだ。
ついこの間は、そのアドニスのことを不審者扱いして怖がっていたというのに…そんなことはとっくに忘れてしまっているらしい。
セレスは曖昧に微笑み相槌を打つしか出来なかった。

※※※

特に用があるでもなくセレス宅を出て街をぶらぶらとしていたアドニスは、やけに人々の視線が自分に集まっている事に気付き訝しんだ。
「なんだ?」
最初はこの黒い全身甲冑に大剣が珍しいのかとも思ったが、それにしてはどうも向けられる感情がいつもとは違うようだ。
恐々とした視線を向けてくる者や忌避するものは慣れているし気にもならないが、中にあからさまに興味津々といった視線や敵意に満ちた視線が混じっているのが解せない。
なんだっていうんだ?
アドニスはひどく居心地が悪い。
彼はひとつ舌打ちをすると、鍛冶屋で剣の手入れの道具を手に入れると早々にセレスの部屋へととって返した。
お陰で昼は食べるものがなく、アドニスの機嫌はすこぶる悪くなった。
今さら食事をとりにまた外へ出るのも癪だし、だからといって自分の持ち物である干し肉は口に運ぶ気にはなれない。
仕方なく台所を探ってみても食材ばかりで、すぐに口に運べるものがない。
彼は悪態をつきながら頭をかくと、ジャガイモだニンジンだのをシンクの上に取り出した。
料理が出来るのかと聞かれれば、アドニスは迷うことなく首を横にふるが、だからといって全く出来ないわけでもない。
伊達に戦場で生きてきたわけではない。
食材を適当に切り刻んで鍋に入れ、煮込みながら適当に味をつけるくらいは出来る。
彼は渋い顔をしながら、いつも無尽に振り回している大剣の代わりに小さな包丁を持ち、意外に器用な動作で食材の皮を剥きはじめた。



家に戻ったセレスは鍋にかけられた野菜スープを見て目を丸くし、床敷いた敷物の上で剣の手入れをする男を見た。
あれほど消耗していたというのに、今はそれを全く感じさせないほどに元気を取り戻した男は、セレスの視線に怪訝そうに顔を上げた。
「言いてぇ事があるなら、はっきり言ったらどうだ?」
「……えぇ。じゃぁ言わせてもらうけど、鍋の料理はあなたが?」
「他に誰がいる」
「…そうね。私ももらっていいかしら」
「勝手にすりゃいいだろ。食材も調味料も道具も、ついでに台所もお前のもんだ」
もう少し言い方というものがあるだろうに。
セレスはあきれながらも「じゃぁ貰うわ」と、皿にスープをよそった。

この時代、当たり前だがテレビやラジオといった娯楽品はない。よって自然、部屋の中はとても静かだ。
アドニスはどうかしらないが、セレスはその事にとても居心地の悪いものを感じていた。
この世界では、夫婦か、もしくは兄弟でも無い限り、男女がひとつの部屋で過ごすということはない。
仮にあったとしても、その時には窓なり扉なりを開いて置くのが礼儀である。
しかしこの時彼らのいる部屋は、夜という事もありすべてが閉じられ施錠されている。
それがセレスにはなんとも居心地が悪いのだ。
アドニスが彼女にどうこうするなんて全く考えられないのだが…。
「…い、おい!」
「え!あ、なにかしら」
「なにボサッとしてんだ」
狼が威嚇するときのように凄むアドニスに、本当にぼんやりとしていたセレスは頬を僅かに赤らめ「なにかしら」と聞いた。
「出発はいつになるのかと聞いたんだ」
「あぁ、それなら明後日あたりにしようかと」
「へぇ、思ったより急じゃねえか」
少し嬉しそうなアドニスにセレスは肩をすくめた。
「早いほうがいいでしょう。明日は一日買い物よ。食料や薬、それに私たちは魔法が使えないから魔法具もいくつか仕入れなきゃ」
「…あぁ」
彼はその段取りを考えるように少し間をおいて頷くと、ふと部屋の角へと視線を動かした。
そこにはアドニスの背負う剣に比べればずいぶん小振りだが、それでも女性が振るうとは信じられないほどに大きく厚い剣が立てられている。
アドニスを森に探しに行ったときも、結局使わずじまいだった剣はどこかくすんで影が薄い。
「あれも磨いてくれるの?」
アドニスに置物と化している剣を責められているようで、セレスが繕うように明るく言うと、彼は「知るかよ」と冷たく吐き捨て手元の剣に目を落とした。

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