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夏バカ

何処を探してもラブなんてかけらもない。
夏のバカ共

体温とほぼ同じ気温、たっぷりと湿気を吸った空気が放課後の教室を地獄に変えている。
授業が終わったにも関わらず二十名前後の生徒が、三年のとある教室で居のこり授業を受けさせられているのは、一様に彼らのテストの結果が悲惨だったからだ。
いってしまえば、数学で十点台の成績しかとれなかった落ちこぼれたち。
受けているのは全員が男子生徒で中にはカラフルな髪をした生徒の姿もある。

「この数式を解くには、まずこちらの解を求める必要がある。すなわち…」

辛いのは生徒ばかりではない。いや、ある意味教師が一番の被害者だろう。
三十代後半の教師は汗みずくになりながら、それでも熱心に授業を進めている。
だがその熱意はむなしいもの。肝心要の生徒からは無視され、彼の声はただ不快指数をあげる事にしか貢献していない。
そんな教室の中、窓際の一番後ろの席に三井は座っていた。
彼の成績は14点。ひどい点数ではあるが、彼も他の生徒たちと同じく教科書やノート広げてはいるもの教師の話は全く聞いていない。
ノートに文字を綴っているはずのシャープペンは補修が始まってから一度も握られることはなく、彼の視線は窓の外に向けられている。
大きく開いた窓の外は絵の具の青をそのまま塗りたくったような空、暑苦しい羊の冬毛を思わせる巨大な入道雲。
そこから視線を少し落とせばグラウンドの半分ではサッカー部が、そしてもう半分では野球部が、余ったスペースでは陸上部が暑さをもろともせずに駆け回っている。
うんざりしたような…それでいて心底羨ましそうな目でそれらを見る三井は、その視線をここからでは見ることの出来ないプールの方に泳がせ、それからその反対側、バスケットボールの練習が行われているはずの体育館へと向けた。
今頃あいつらはボールを追いかけて走り回ってるんだろうな。
そう思うと、三井は自分の境遇が惨めでならなかった。
どうせ汗をかくなら教室でただ無為にだらだらと流すより、ボールを追いかけ回して流していたい。
自然に漏れたため息とともに窓の下の方へと視線を落とすと、花壇では園芸部が育てている背丈ほどもある大きなヒマワリが咲き誇っていた。
そして…
「ん?」
その近くにはよく知った二人の男子生徒の姿があるではないか。
一人は赤毛の髪が目に痛い一年の桜木。そしてもう一人は小柄で褐色の肌をした…
「宮城?」
赤城の扱きに堪えきれず抜け出してきたのか、二人はTシャツに短パン姿。
なにやらたくらみ顔でにやにやとしゃべっている。
「あいつら…」
二人揃うとロクなことをしない。
桜木はまだ一年だから仕方がないにしても、宮城はもう少し大人になればいいのに…と、三井は三年になってもやんちゃをしていた自分のことを棚にあげて考えた。
ぼーっとしている三井が見ている中で、桜木と宮城は肩を叩きあって仲良くなにか喋っていたかと思うと、ばっと離れて向かい合い何やら言い争いを始める。
そして次にはすぐ近くにあった水飲み場の水道に取り付くと、全開にしてその蛇口を指で潰し、相手に水しぶきを浴びせるという遊びを始めた。
本当にどうしようもねぇな。
そう思いつつ、補修で動くことの出来ない三井は二人が羨ましくてならなかった。
俺もこんなところじゃなく彼らと一緒にいたい。
水道の…あまり冷たくはない水を全身に浴びたい。
そんな事をすれば後々ひどいことになるのだが、今はとにかく二人が羨ましい。
恨みがましい目でじっと見ていると、桜木の目がふと三階の教室にいる三井の姿を捉えた。
「ミッチー発見!!」
桜木のばかでかい声が三井の耳にも届いた。
「練習さぼってなにして…」
桜木の声が途中で切れたのは、隣にいた宮城が桜木の背中に蹴りを入れたから。
宮城は三井が補習中だと気づいたらしく桜木に説教をする。
だが桜木はそれを気だるそうに聞き流し、そして何かに気をとられたかと思うと、宮城をおいてさっさとそちらに行ってしまった。追いかける宮城。
二人は校舎の影に入って見えなくなってしまった。
なんだ、つまらん。
そう思っていると、二人はまもなく戻ってきた。
手に緑色のホースを持って。
水道のところまで戻ってきた二人。片方の端を宮城が持ち、もう片方の端を持った桜木の方は蛇口にそれをとりつけている。
どうやら本格的な水遊びを始めるつもりらしい。
そう思ったが…宮城の持つホースの先の行方が怪しい。
まさかな。
笑みを交わす二人。
三井が嫌な予感を抱いた瞬間、桜木は思い切り蛇口をひねり…

「……ばかだ…」

ホースの口はしっかりと三階の三井をとらえていたが、肝心の水の勢いは三階までは届かなかった。
ホースから放たれた水は、三井いる教室のちょうど真下へ弧を描いていた。
残念そうな顔をする二人。
ばぁか。
口の動きで三井が罵倒すると、二匹の猿は悔しげに地団駄を踏んだ。
と…、

「こらぁ!!!!桜木!宮城!お前ら、何やっとるかぁ!!!」

その二階の教室から大きな怒鳴り声が二人に向かって投げられた。
「あちゃぁ…」
三井は怒鳴り声に聞き覚えがあった。
化学の教師でありレフリング部の顧問でもあり、そしてまた教育指導の担当で鬼と恐れられる教師…。
どうやら二階の教室ではその教師が補習授業を行っていたらしい。
「お前らぁ!いつもいつも馬鹿ばかりしやがって!そこで待ってろ!俺が直々に教育的指導を与えてやる!言っとくが俺は赤城のように甘くはないからな!!」
当の二人はそのセリフが終わるか終わらないかの内にグラウンドに向かって走り出した…が、鬼も去るもの。二人が駆け出して間もなく、鬼が二人を追いかけてグラウンドを走り出したのを見て三井はぎょっとした。
二階から飛び降りたのだろうか。
まさか…と思ったが、彼の履いているサンダルがそれを証明している。
だが、普通教師が二階から飛び降りるだろうか。
チンパンジー?オランウータン?いや、走る姿は赤い布を目の前でちらつかされた闘牛そのものだ。
「待たんかぁ!こらぁ!」
全身を怒りに真っ赤に染めた教師と、それから割と…いや本気で逃げ惑う桜木と宮城。
馬鹿だ。
この暑さの中、自らを追い詰めるような事をして。
呆れるが…しかしおかしくてたまらない。
桜木と宮城はグラウンドをしばらく迷走し、校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下に飛び付くと二人でその屋根によじ登り始めた。
まずは背の高い桜木、それからその桜木が宮城に手を貸して…というところで、教師が追いつき宮城のシャツを引っ張ると、桜木ごと地面に引きずりおろした。
そして振りかぶった拳がそれぞれの頭に落とされる。
「あー…」
あれは痛いんだよな…。
やんちゃをやっていた頃に何度か味わったことのある拳を思いだし眉を潜めた三井だが、その渋い顔もすぐに笑いを堪える表情に変わる。
本当に馬鹿だ。あいつら。
炎天下、正座をさせられて説教をされている二人。
三井は必死に笑いをこらえて、黒板の方へと視線を戻した。

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