スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

悪魔の涙 09

マンションは現代的でなかなかに洗練されたデザインのものではあったが、どこか影を帯びて暗く見えた。
空気がよどみ、かび臭さを感じさせる。
しかしそれは俺の気のせいだろう。
マンションの近くに設えられた児童公園では、子ども達が元気いっぱいに駆け回っている。
電話をかけているアリスの横で、一体なんのあそびをしているのだろうかと見ていたが、ただの追いかけっことしかいえないもので、何がそんなに面白いものなのかは俺にはさっぱりわからなかった。
自分にもあんな時期があっただろうかと考えるが、さっぱり記憶は蘇らない。
アリスが駆け回っている姿なら、子どもの自分を知らずとも十分に想像が出来るのだが。

「何、たそがれてんねん」
「誰がだよ。それよりまた犠牲者か?」
「あぁ、けどこれは別件や。そっちには別の人間を回すいうてた」
「近頃多いな」
アリスは「そやな」と公園の方を見ながら目を細め、すぐに顔を戻すと「いこか」と言って先にたって歩き出した。
気分的なものだと思うが、どうにも淀んで見えるマンション。
俺の足取りは自ずと重いものになった。

結果としては、収穫はなかった。
だが『何も無い』という収穫はあった。
そして…アリスには感じられないところで、俺はどうにも嫌なものにまとわりつかれているという感覚を覚えていた。
このうなじがチリチリとする感じ。
もしかしたら予想はあたってしまったのかもしれない。
だから気が進まなかったんだ。
「アリス」
恐々と部屋の中のものを触っているアリスに声をかけると、振り返った彼は俺の表情を見て怪訝に眉を潜めた。
「なんなん?何かあったか?」
「あぁ、もしかしたらな」
俺は違和感のある首筋を撫で玄関の方を振り返った。
「朝井さんが言ってたろ、“突然変異”」
「え、あぁうん。汚染自身が意思をもって被害者を選んどるんやないかって話やな」
「その話では、運び人は誰が想定されていた?」
「それは…いまは死亡しとる感染者や。最初に死んだ被害者は普通に荼毘にふされとるし、以降の死亡者はいずれもその葬儀の出席者や」
「ではなぜ、感染してから症状が出るまで時間がバラバラだと思う?」
「それは…」
アリスは困惑したように首を振った。
「汚染に関してはそれぞれ人によって耐性がちゃうからやろ?」
「しかしそれにしちゃ潜伏期間が長すぎるとは思わないか?」
最初の被害者が出たのはなんと二年も前なのだ。
「それに被害者が少なすぎる。いや、限定的すぎるといった方がただしいか」
「え?」
「最初の被害者で突然変異が起こり、後の被害者たちに感染したと見るのは少し安易すぎる。そこに“汚染の意思”とやらが介在していたとしても…だ」
「確かに不自然かもしらん。けど、実際はそうとしか考えられへんやろ。関係と見られる被害者は、最初の被害者周辺でしかおきてへん。潜伏期間の長短は別にして、それ以外に考えられへんわ」
「ちなみに、突然変異が疑われてからは関係者のほぼ全員に汚染検査が実施されたはずだよな?その結果は?」
俺の問いにアリスは少し拗ねたような声で「全員陰性や」といった。
多分、自分が察し悪いと思われていると思っているのだろう。俺にそういうつもりはないのだが。
「だろう?おかしいじゃないか。痕跡さえ見つけられないなんて」
「…けど、精神汚染には謎が多い。そういうこともあるかもしれんやろ?」
「あぁ、もちろん、それは100%否定はできねぇよ」
俺があっさりと認めると、アリスは少しだけホッとしたような顔をした。
「けどな。それよりももっと可能性が高いことがある」
「俺らの死角に汚染源がある?」
「半分正解」
「半分?」
「あぁ、死角ってのはあたりだ。じゃぁ死角とはなんだ?」
「…関係者以外で、彼らに接触できるやつ。やろ?…マスコミ?まさか、うちの研究員?」
「それも半分正解ってとこかな。…といっても俺の予測だがな」
「その予測ってなんやねん」
ストレートに聞かれて俺は少し戸惑う。
しかし隠した所でなんの利益もない。むしろ、もし予想が当たっていたとするならば不利益ばかりだ。
「おそらく、汚染源…いや、犯人は警察機関の捜査員だ。最初の事件を所轄の刑事だ」
もっというなら、“最初の被害者と二人目の被害者の担当刑事”。
そう、俺たちをミスリードした張本人だ。
まだピンときてないらしいアリスを見ながら俺はまた口を開く。
「それなら関係者を知っていてもおかしくないし、捜査の進捗を知っていてもおかしくはない。それに手帳を見せれば、被害者は簡単に信じたはずだ」
「ちょ、待てや。それやったら俺らやって怪しいやないか!」
「確かにそうだ。だが本部に出入りしている人間は省いても構わないと俺は思っている」
「なんで?」
「動機がないというのが一つ。毎日汚染についてのチェックを義務付けられているというのが一つ。一番の理由は…俺たちが犯人だとしたならば、あまりにも仕事がずさんすぎるってことだ」
「ずさん…?」
「多分、まだ慣れちゃいねぇんだよ。ソイツは俺のようにトリガーをもっていないから…な」
そういって俺は腰に帯びた愛銃に手をやった。
アリスはそれを目で追い、驚いたように口を丸くする。
「え、ちょっとまてや…やって汚染って…」
「おそらく最初の被害者はそうだったんだろう。だが、二人目からは違うぜ。二人目以降は壊されたんだよ。意図的に」
前に一度アリスには言ったことがあった。
銃の中に入っているのは“俺の秩序”だと。
ひどく哲学的な話になるが、おそらくこれは本当だ。
俺は俺の哲学を汚染(歪んだ哲学)にぶち込み、壊しているのだ。
だから俺の能力と“アレ”の能力は実は紙一重だと思っている。
つまり何が言いたいかというと…
「犯人は意思を持った汚染ではなく、俺と同じような能力をもった能力者だってことだ」
言い切った俺に今度こそアリスは絶句している。
「け、けど、まてや。なんで最初の被害者の関係者ばかりターゲットにしてるんや?」
「良い質問だな。だが、その答えはさっきも言ったぜ。彼は慣れていない。そしてトリガーを持っていない。被害者が何故彼らの固執したのか…それはおそらくその二つに答えがあるんだろう」
「というと?」
「波長があったとでもいうんだろうな。被害者たちにとっては不幸なことだが…上手く力を使いこなせないまでも、彼らには影響をおよぼすことができたんだろう」
嫌な顔をするアリスに俺は息をつく。
「予想が正しければ…そろそろ本格的に動き出すかもしれない。行くぞ、アリス」

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。