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子鹿は飛んだ 02

使用人に名前をつけた
ばーさん=マーサ じーさん=名前はまだない

無駄に広い敷地の全てには手入れが行き届かず、前庭がなんとか整えられている程度。屋敷からほんの少し離れてしまえばそこはもう自然のままに放置されている
ギルベルトは飼っている犬たち三頭と昼前から長々と散歩をする。
元はこの辺りの領主の屋敷とあって敷地はとても広く、屋敷を離れ牧草地帯になっている南側は近くの民家に貸しているところもある。
買い上げた敷地にはこの牧草地帯の他にも小さな森や山が含まれており、また大きな川の支流がすぐそばを通っており自然豊かだ。野生動物も住み着いている。
近頃彼は、それこそ馬で領地を回る中世の貴族のように馬を飼おうかと考えているが、そうなるとまた人を雇わなくてはいけなくなると保留にしている。
犬たちをたっぷりと運動させ、屋敷に戻るとすでに昼を過ぎていた。
朝を食べていない彼は空腹を覚え、犬たちを犬小屋となっている納屋のあたりに残して中に入った。
使用人にやとったマーサがつくった料理の臭いに引かれるように食堂に入ったギルベルトは、席につく小さな影に気付き一瞬だけ動きを止めた。
白いブラウスを着たさらさらとした金髪の少年。
ちょこんと椅子に座っていた彼、ルートヴィヒはギルベルトに気づくと「おはようございます」と挨拶をした。
“おはよう”という時間はとうに過ぎていたが、ギルベルトは「あぁ」とだけ返して彼の対面の席についた。
青く澄んだ瞳が恐々と、しかし抑えきれぬ好奇心を持ってギルベルトを見つめる。
ギルベルトはその視線から逃れるように新聞に手を伸ばしたが、その前にマーサが朝食を持ってきた。
マーサが持ってきた今日の朝食兼昼食はプレーンオムレツに地元で作られたチーズをふったもの。それからブロッコリーにニンジン、ジャガイモの温野菜サラダ。それからバスケットに入ったクロワッサンだ。
ギルベルトはすぐに食事に手を伸ばそうとしたが、ルートヴィヒが祈りを捧げているのに気づいて中途半端に手を止めた。
これではどちらが本当のバイルシュミット家の子息かわかったものじゃない。
くすくすと笑ったマーサに居心地の悪い思いをしながらギルベルトが気を取り戻して食事にとりかかると「そういえば」と彼女がコーヒーを入れながら口を開いた。
「ルートヴィヒ様の学校はどうされます?」
「学校?」
「えぇそうです。ルートヴィヒ様の年齢の子はみんな学校に通うものですよ」
それはそうだ。
「だが、学校なんてこの近くにあったか?」
首を傾ぐギルベルトに、マーサはあきれたようにため息をつく。
「いいえ。学校のあるあたりまでは車で30分はかかりますね。ですから、普通は寄宿舎のある学校に入れるんです」
「ふぅん」
そんなものか。
それなら寄宿舎に入れる手続きを…と思ったが、ルートヴィヒが不安げな表情をしているのに気づいてどうするべきかと迷った。
「でもその寄宿舎のある学校はあまり品がいいとはいえませんからね。バイルシュミット家が後見人をしている子が通うにはちょっと」
そう言ってマーサが妥当だと上げた学校は屋敷からかなり離れた都市にある名門校の名だった。
名門というだけあり、偏差値はかなり高い上にお金もそれなりにかかる。
どうするか。
ギルベルトは強ばった顔をしたルートヴィヒを見ながら考えた。
「でもまぁ、どちらにしろ遠いですからね。家庭教師をお雇いになられたらどうですか?」
「その手もあるか」
「はい。教育を重視するならそちらの方がよろしいかも知れませんね」
マーサの話を聞き、ギルベルトはまたルートヴィヒを見た。
強ばったままの顔は何を訴えているのか。彼の心を探ろうとしたギルベルトだが、ふいになにもかもどうでもいい気分になった。
それは両親が死んでしまってから時折訪れる虚無感に似ていた。
だがこの時彼はその虚しさと共に、ルートヴィヒに対する苛立ちも感じていた。
ギルベルト自身自覚症状があるのだが、両親を亡くしまたゴタゴタに振り回されて以来少しばかり精神が不安定なのだ。
自分が突然ナーバスになってしまったことにに気づいたギルベルトは、しかしそれ以上考えるのを放棄し、黙々と食事をすることにした。
マーサはギルベルトからの反応がなくなったのに気づくと、肩をすくめ「足りなかったら言ってね」とルートヴィヒに優しく話しかけ台所に戻っていった。

一方取り残された形となったルートヴィヒは、突然黙りこんでしまったギルベルトに戸惑っていた。
機嫌を損ねるような真似をした覚えはないが、彼が黙りこむ寸前に話していたのはルートヴィヒの学校についてだった。
ならばそれが原因と考えるのが一番自然だ。
寄宿舎なんて嫌だ。
そう思ったのがいけなかったのだろうか。
ルートヴィヒはチラチラとギルベルトを見ながら味のわからない食事を口に運んでいく。
視線は痛いほど感じているはずなのに、ギルベルトは完全に彼を無視を決め込んでいる(本当は、ギルベルトはすでに自分以外のことを蚊帳の外に置いていて、意識がいかないだけなのだが)
ルートヴィヒはなんだか泣きそうな気分になった。
やっぱり自分は此処に来るべきじゃなかったのだろうか。
彼は最初は此処にくるつもりなど毛頭なかったのだが、時々面倒を見てくれていたオーケストラの代表の強いすすめがあって此処にくることを決意した。
それに兄のような存在ができるかもしれないという期待も大きかった。
そして初めてあったギルベルトという人は、とても苛烈な人だった。
赤い目が燃えるようで…すごく恐ろしい人だった。
だけどルートヴィヒはそこにギルベルトの父であり、彼の後見人でもあるバイルシュミットの面影を見て、じんと胸が熱くなるのを感じていた。
嫌われている。
それは痛いほどにわかった。
だけど…ルートヴィヒは思ったのだ。
この人と一緒に暮らしたい…と。
そして一悶着の末、彼は此処においてもらえることになったが…。
やっぱりダメなのだろうか。
少しずつ仲良く慣れたら、兄弟のようになれたら…。
その願いはやはりおこがましいものだったのだろうか。

零れそうになる涙をこらえ、目頭にぎゅっと力を込めてプレーンオムレツを震えるスプーンで口に運ぶルートヴィヒ。
そんな彼を一瞥もすることなく、ギルベルトは食事を終えると席を立ち食堂を出ていった。

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