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オープニングはつまらない

学生 微妙にヒムアリ

「君の奥さんになる夢をみたで」

ある日、寝起きにアリスは言った。
俺の部屋に前触れもなく現れ、ろくに挨拶もないまま眠り、そして起きたと思ったらそんな事を言ったのだ。
レポートを書いていた俺は「へぇ」とだけ返した。
とくに興味はなかった。
ただの夢だ。
それよりも今はレポートが大事だ。
しかしアリスはそんな俺の気持ちなんて無視して「ほんでな」と言葉を続ける。
夢の話を。


君は刑事なんや。
捜査一課、つまり凶悪犯罪担当の刑事やな。
毎日忙しくしとって“うち”……これがけっこうえぇマンションに住んどるんやけどな……にはめったに帰ってきぃへんのや。
帰ってきても、夜中に呼び出されたり、朝早くに出てったりでちぃとも居着かへんねん。
けどな、俺は……これが驚く事に恋愛小説家なんやけど!……は、あんまり気にしてへんねん。
つめたい?何言うとんねん、刑事の妻の鏡やないか。
…とはいえな、少しずつ鬱憤はたまっていくわけや。
結婚して二年。
その間、一度も旅行にいけへん。おしゃれしてレストランに行くこともない。たまに帰ってきた夫は疲れきっていて会話らしい会話もない。なんのために俺らは結婚したんや?って。
笑いなや、君のことやで。…君やないけど。
まぁそんなわけで鬱憤がたまっとるわけや。
恋愛小説家やから、特になんやろうけど……そう、原稿用紙の中の世界と、現実のギャップやな。それに打ちのめされてしもたんやな。
そんな時に、おかんから子供はまだかって催促されるんや。
それを聞いて、俺は確かに子供を作ったらこの虚しさから逃れられるかもしれない…と考える。
しかし……そう、君が『子供なんていらない』というわけや。
それで彼女…って俺やな、俺も一度は引き下がるんやけど、なんと隣に新婚さんが引っ越してきてな…なんや、もうわかったんか。そう、その奥さんがさっさと妊娠して赤ちゃん産んでしもうたんや。
それで俺は頭がパーンとなってしもうてな。


「それで?」
レポートから顔を上げて聞くと、彼はキラキラとした目で俺を見ていた。
「なんだよ」
「なんやと思う?」
「もしかしてそれで終わりなのか?」
「そう、そこで目が覚めた」
「なんだ」
じゃぁ話は終わりか。
レポートに目を戻すと、「なぁ」とアリスが食い下がってきた。
「続きなんやと思う?頭パーンとなった俺はどうしたと思う?」
「あぁ?」
「だから俺がどういう行動に出たかや」
「そんなの、推理したところで答えはねぇんだろう?」
「まぁそうやけど、ええやん。面白いやろ?」
面白いかね。
俺は肩をすくめて無視しようとしたが、彼は構わず「俺的にはぁ~」と口を開いた。
「このまま失踪!そう、謎の文章を残してな」
「はぁ?」
「例えば、寺山修司とかの詩をひとつ書いたものを、テーブルの上に残して忽然と消えるんや」
まるきりミステリーのノリだ。
しかもそういう筋の小説をいつだったか読んだような気がする。
確か“母さん、僕のあの帽子…”いや、あれは、寺山修司じゃないか。
「それで男…俺は必死になって忽然と姿を消した妻の行方を探すって?」
「そうそう。火村は失踪した俺を探すために仕事を休んで、日本中を駆けまわるんや」
「愉快に旅行をしているお前を追いかけて?」
俺が言うと、アリスはくすぐったそうにクスクスと笑った。
「あぁ~、そうやな。俺やったらそうかもしらん。うん、そうやな」
俺はアリスの笑顔が眩しく、レポートに視線を流した。
「そうやな、殺人事件が起きるとか、過去の殺人事件が絡んでくるとかって展開にはならんかぁ~」
「あぁ、お前じゃ無理だよ。せいぜい殺人事件の目撃者になるくらいじゃねぇか?」
「そーやなー、それくらいが妥当やなー」
俺はレポートに文字をつらつらと書き、「あぁ」と答えてチラリと彼を見た。
「で、お前が言いたいのは、俺に早くレポートを終わらせて構ってほしい…ってところか?」
ニヤリとしてやると、彼はパチパチと瞬きをし「あー…」と言った後、ふはっと笑った。
「そうかもしらんなー」
「じゃないと失踪か?」
「せやでー、そうしたら、英夫ちゃん一人になってまうでー」
彼は言いながら起き上がるとバッグの中から原稿用紙にペンを取り出し、「えーと」と言いながら何やら書き出す。
「何がええかな?ゆあーん、ゆよーん」
なんだそれは…と思ったが、すぐにそんな詩があったのを思い出した。
あれは中原中也だったか?
どうやら失踪前のメモを書いているらしい。
「それとも雨ニモ負ケズがええかなぁ?」
寺山修司はどうなったんだ。
ブツブツ言いながらペンを走らせるアリスを横目に、俺はレポートに向き直った。
本当を言うと彼の夢で気になるのは、アリスが構ってくれない俺に愛想をつかして出ていく…という部分とは他の場所にあるのだが…まぁ、そのあたりは胸にしまっておこう。
とりあえず、俺はさっさとレポートを仕上げなくては。アリスが背中に羽を生やしてどこかにとんでゆく前に。

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