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悪魔の涙 08

アリスが何か言った。
テレビをぼんやりと見ていた俺は、彼の言葉を聞き逃し「なんだって?」と聞き返す。
アリスは「ボケるにはまだ早いで」と可愛くない事をいい、持っていた写真を俺に放った。
テーブルを滑って手元に止まった写真には30代くらいに見える疲れた女の顔があった。
生活にくたびれきったような顔。しかし彼女は当時まだ二十歳だったのだ。
そして永遠に年を取らなくなった。
被害者ではない。かといって容疑者でもない。
こういう場合はどんな言葉が当てはまるだろう。
キーパーソン?
重要参考人?
それとも“物”として扱った方がいいのか。
「くそ、頭が回らねぇ」
寝不足のせいだ。
俺がぼやくと、「暑さのせいや」とアリスは言った。
それで気づいた。
そういえばやけに暑い。
まだそんな季節ではないはずなのに。
「空調の自動管理システムがいかれてんて、今朝女の子らが話とったわ」
お陰でフロアごとに寒かったり暑かったりするらしい。
「はめごろしの窓が憎らしい」
アリスの憎々しげな言葉に同意しながら、俺は写真を指で弾き返した。
そして「どうだった?」と聞く。
アリスはつい先程まで、写真の女の遺留品に潜っていたのだ。
アリスは俺の言葉に疲れたような顔を見せる。
「死んだのは二年も前やしな、殆ど何も残ってへんかったわ」
「じゃぁ、わからなかった?」
「いや、汚染されとったのは間違いないと思うわ」
彼はそういって首もとを触った。
そこにチョーカーが無いと言うことは危険は無かったという事だろうが、どちらにしろ嫌な仕事にはかわりないということだろう。
「彼女、全部もってったんや」
どこに?とは愚問だろう。
「彼女の身内の死者は七人だったか?」
「いや今朝発見された死体を入れて8人や。うち一人は身内やないけどな」
「親友だったか」
「せや」
これは精神汚染の新たな形ではないかと言い出したのは、最初の被害者と二人目の被害者の担当刑事だったはずだ。
これまで神出鬼没だった汚染がまるで怨霊のように意思を持ってひとり歩きを始めたのではないか…。
彼の発言を重要視した上司が事件を所轄から取り上げた。
事件は最初の頃こそ大規模に報道されていたが、現在では完全な報道規制が引かれているので、未だに連続猟奇殺人が起こっているということを世間は知らない。
「現在保護されているのは何人だ?」
「8人やな」
「そいつらには潜ったのか?」
「いや、多分潜っても一緒や。これまでに汚染されて来た人間のほとんどに前兆現象がなかったのと一緒の理由で」
「で、どうするんだ?」
俺が聞くと、彼は「気はすすまへんのやけど…」と前置きをして、「彼女の実家に行く」と言った。
「彼女の家って言うと、二人が死んだ?」
「いや、一人や」
アリスは訂正して、「ほんまに暑さにやられとるな」と呆れたように言った。
確かに先程からアリスに情報を訂正されてばかりだが、別にボケてるわけじゃない。
あまり興味がないのだ。
というより、この事件は精神汚染ではなく…いや、これは俺の推測に過ぎない。
「お前の記憶力をテストしてやってるだけさ」
俺は嘯き、仕方なく自分でも思い出すことにする。
「彼女の実家で死んだのは、彼女の父親。それを期に一人になった母親は故郷に帰ったんだったな?」
「そや。母親はそっちで死んどる」
「お前の言う実家はマンションだな。そこに行くって事は借り手がつかなかったか」
「というより売りにもだしてへんな」
アリスの話によると、一人娘と旦那を失った母親は半狂乱状態に陥っていたらしく、すべてを放り出して身一つで逃げたらしい。
そしてそのまんま…ということだ。
俺たちの話を聞いている誰かがいたら、きっと俺はやる気のない捜査官に見えるだろう。
それは事実だ。
だが、気が進まないという言葉に言い換えるなら、よっぽどアリスの方が乗り気じゃない。
彼の顔は見るからに白く青ざめている。
そんなアリスを見ながら俺は自分が苛立っているのを感じていた。
それは何度も覚えのある苛立ち。しかし、慣れることはない焦燥だ。
俺は、壊すことしかできない。
盾をもたず、盾になることも出来ない。
それでも彼が明確な敵から狙われているというのならば、それを攻撃することで彼を守ることができる。
だが…『潜った』彼を守る手段は俺にはない。
むしろ…俺は彼に『潜る』ことを強要する立場なのだ。
それがひどく腹立たしい。
「ちゃんと…チョーカーはつけておけよ」
俺の言葉に彼は青ざめたままの表情で頷き首を撫でる。
「わかっとる」

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