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Destroy 05

思っていたよりもずっとずっと軽い手応え。
剣の切れ味がよいのか、それとも人体というものはこれほどまでに柔らかいものなだろうか。初めて人の胸に刃物を突き立てたウルシラにはわからない。

そしてまもなくウルシラの耳に音が戻った。
しかしその耳が少年の悲鳴を受け止めたのはその最後の一音のみで、それはすぐにごぼごぼとした液体の中を浮かび上がる気泡のような音に掻き消された。
カッと見開かれた目に浮かぶのは、恐怖か、痛みか、それとも驚きだろうか。
ウルシラは自分の手が痛いほどに小剣の柄を握っているのと同時に、少年の見開かれた目が一見自分を見つめているようでいて、実は違うもの…自分の後ろに立つ人物を見ている事に気づく。
言うまでもない。
暗黒騎士団団長、セシル=ハーヴィだ。

― 彼は間違わなかった。

ウルシラはぼんやりと思いながら、苦労して柄から張り付いた手を放つと、ゆっくりと立ち上がった。
そして彼はそこに…死んだ少年の回りに、禍々しい黒い狼が複数いるのを見た。
血のように真っ赤な目をらんらんと輝かせた影のように黒い狼。
それらは少年の手足に歯を立ててにたにたと笑っていたが、ウルシラが離れると一斉に飛びかかってその体を食らい始めた。
何頭もの狼が少年の体に群がり、真っ黒に塗りつぶしていく…。
それはとても恐ろしい光景だった。
しかし、ウルシラは不思議と恐怖を感じなかった。

そしてそのことが一番恐ろしかった。

 *

ウルシラの体にはうっすらと黒い靄がかかっている。
エンリはそのか細い背中を見つめ、小さく息をつく。
暗黒騎士たちの力の源である陰の気が、そこらに散らばった屍から立ち上り、暗黒騎士達に吸収されていく。
彼らはそうやって闇を深めるてゆくのだ。

陰鬱な気分に沈んでいたエンリはセシルの接近に気づかず、「先輩」と呼ばれてハッと顔を上げた。
「終わりましたよ」
何度注意しても時折出るセシルの敬語にエンリは力なく微笑んだ。
「大丈夫ですか」
「はい」
頷き、言うべき言葉を探したエンリだが…それは足元にばらばらと無数に落ちているにもかかわらず、一つも掬い上げることは出来なかった。
何故なら彼が今この地位にあるのは、『セシル』を支えるためだからだ。
兵学校ので慕ってくれた心優しい後輩を少しでも助けてやりたい、負担を減らしてやりたいと思ったからだ。
彼が至上に考えるのは『ウルシラ』ではない。暗黒騎士の団長であり、また上官になったにもかかわらずエンリを“先輩”と慕ってくれるセシルだ。
もちろんウルシラを助けたかったという気持ちは嘘ではない。
しかし、彼がそれを選んでしまった時点…そうなってしまった時点で、すでに彼はエンリの守る範疇からは離れてしまったことになる。
まだ彼は小さいし、暗黒騎士団の中でやっていくのは非常に厳しいだろう。
だが、彼はもう選んでしまったのだ。いや、選ばされたのか。
まぁどちらでもいい。
彼はもうそうなってしまった。
これからもエンリが彼のフォローをすることには変わりはないだろうが…しかし、もう以前とは決定的に違ってしまったのだ。
ならばもう何もいうべき言葉が見つからないのは、当然のことだろう。
彼はもうエンリの手の届かないものになってしまったのだ。
エンリはもう一度息をつくと気持ちを切り替え、
「今夜はこちらで野営をして、明日山を下ることにしましょう」
副官としての顔に戻って言った。

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