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きみしだい 03

読み返す気力がないです。

泣きだした彼女の嗚咽混じりの言葉を要約すると、母親と彼女の妹とはもう数年の間全く連絡がとれていないのだそうだ。
父親の死を知らせる手紙を出したものの宛先不明で戻ってきた上、いくつか新聞に死亡を知らせる広告を出したものの、結局葬儀には現れなかったのだという。
父親の持っていた家には居られなくなってしまったらしく(その辺りの事情は曖昧だが、心ない親戚が何かをしたらしい)、夜逃げ同然で列車に飛び乗ったのだそうだ。
だが肝心の頼る相手は行方不明。それを思い出したら急に不安になり、思い立った駅で衝動のままに飛び降り…そして現在に至る…と。

「はぁ…」

俺の借りている家は部屋数は多いが、人を泊めるような準備は整っていない。
ロヴィーナを自分のベッドに休ませることにして、俺はリビングのソファで休むことにした。
「全く…こういう場合はどうしたらいいんだ?」
俺は頭を抱えた。
彼女を放り出す事は簡単だが、自分がそうはしないだろうということはよく知っている。
「とりあえず…本署に連絡して彼女の母親を探してもらう。そして見つかるまでは…」
どうしたらいいのだろうか。
知り合いの家にでも身を寄せてもらおうのが一番なのだろうが、連絡のつかない母親を頼ろうとしたところでそういう手合いが居ないということだろう。
幸いここには世話好きな老夫婦や、独り身の年配の方々が数多くいる。
彼らならば、すすんで彼女の面倒を見たいといってくるだろう…が、…彼女の…なんというか、協調性にかけたところを考えると、少々不安がある。
「まぁ…なるようにしかならないか…」
俺はた考えるのをやめると、天井の明かりを消し寝心地の悪いソファに横になった。

 *

翌朝、いつもどおりに出勤しスタッド署長に朝の挨拶をした後、俺は本部に電話をかけた。
ルヴェインにある本部から一応探してくれるという情報はもらえたが…どうだろうか。向こうはこことは違ってとても大きな街だし事件もたくさんおこっている。こちらは事件という事件でもない事柄なので、真面目に探してくれるかはわからない。
というか、多分無理な気がする。
受け付けてくれた女性も、途中から何か用事が出来たらしく慌ただしく電話を切ってしまった。
すでに忘れられている可能性も高いと見たほうがいいかもしれない。
「参ったな…」
明日もう一度連絡を入れてみる事にして、俺は駅へと向かった。新聞や配達物を受け取って、家々を回るためだ。

今日も一日が始まる。

町の人々の話題は駅に降り立った若い少女、つまりはロヴィーナの話題で持ちきりだった。
まったくここの老人たちの情報網とは大したもので、その伝達力の速さはインターネットの掲示板に匹敵するといってもちっとも大袈裟ではない。
ただそこに流れている情報の精度というのもまたインターネットと似たり寄ったりで、なぜそこまで詳しい話を知っているのかと驚かされることもあれば、まったくの出鱈目がまことしやかに囁かれていることもままある。
ロヴィーナの場合はというと、真実に色とりどりの尾ひれや背びれがついたというところだろうか。
家出や夜逃げといったものはまぁ真実に近いとしても、情夫に暴力を振るわれ、刺して逃げてきたというのはあんまりだ。
俺がやんわりと否定すると、何故か次の噂では彼女は俺の恋人ということになっていた。どうせ噂だしと今度は放っておくと、そのまた次の噂では、彼女は俺の押し掛け女房になっていた。
あわてて否定するが後の祭り。
意外に女泣かせだの、五年ぶりに町で結婚式があるだの、子供はいつだの目の回るようなことを次々と言われて、その日は普段の二倍疲れてしまった。

 ※

家に帰ると、彼女はテレビを見ていた。どうやら出ていかなかったらしく…というか、すっかり我が家のようにくつろいでいる。
その彼女は俺を見ると、「動物は小屋にいれておいたわ」と言った。
ついでに餌も与えてくれたそうで、俺は本当に彼女に感謝した。
動物たちの世話はさほど大変ではないのだが、こんなふうにぐったりとした日にはかなり億劫な仕事だ。
「昔、じいちゃんが沢山動物を飼っていたから馴れてるの」
「へぇ、意外だな」
彼女はもっと都会の育ちだと思っていた。
「ここの動物は少ないし、利口だから世話は楽ね。でも、貴方には大変でしょ。売ったらいいのに」
「それも考えたが…」
飼っていると愛着がでてくるものだし、誰もいない暗い部屋に帰ってくるよりは動物でも居た方が癒されるというものだ。
大変だろうし、それに家畜での商売もしないのなら欲しいと言ってくれる人はいないでもないのだが。
「まぁいいけど。それより、それ」
彼女が指差したところには青い蓋の大きなタッパーがあった。
「お裾分けですって、太ったおばさんが持ってきた」
「あぁ」
きっと町の世話焼きの一人だろう。
こんな田舎に配属された俺が気の毒なのか、町の人たちはやたらと俺の世話を焼きたがるのだ。
こんな風におかずを多めに作って持ってきてくれるのもよくあることである。まぁ時間外労働(新聞配達を含め、ドアの修理やら、トラクターの修理やら)もよくやっているので、ありがたく受け取っている。
タッパー中には大量のラタトゥイユが入っていた。
とりあえず、これで今夜の夕食はきまりだ。
鍋に移そうかと持ち上げ、
「おばちゃんに『お幸せにね』って言われたんだけどなんのこと」
彼女の言葉に動きを止めた。
なんということだ。
このラタトゥイユは彼らの親切心ではなく、彼らの尖兵だったのだ。
「……他には何か言ってたか?」
暇を持て余した老人の行動力は、恐ろしものがある。
俺の問いに彼女はうーんと言いながら天井を見上げ、「そうね」とつぶやく。
「母親と思っていいとか、遊びにいらっしゃいとか…。私、いつから此処に住むことになったわけ?」
「……あぁ」
それは俺としても是非とも知りたい謎だな。

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