スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

出ちゃいましたPt.2-act.02

まだまだ状況説明

「明け方見た夢にな、おかしな箱が出てきたんだよ」

見た目は弁天様も裸足で逃げ出すような美女。しかし中身は火村英夫という私の大学時代からの親友であるらしい男…いや、女(?)は忌々しげに煙草を忙しく吸いながら言った。
「箱には“アリス”と署名がしてあった。俺は嫌な予感がしたんで、それを無視して先に進んだんだ。しかし行く先々でその箱が現れるんだ」
夢の中で彼女…いや、その時は彼か?…は、ことごとくそれを無視しようとしたらしい。
だが、箱は開けるまで許さんとでも言うように行く先々(森の中だったり、大学の教室だったり、はたまた京都の町だったりしたらしい)に次々に現れ続けたのだという。彼は…もしくは彼女は…それでも無視していたが、やが根をあげてしまった。
その時には彼女もなんとなしにこれは夢だと感じていたそうなのだが、それはまぁいい。
火村はそれの前で立ち止まると、唸り声を上げてそれに手をかけたのだそうだ。
するとポンッと軽い音を立てて蓋が開き煙が上がった。煙りはすぐにはれ、中を覗くと“真”というポップ文字が入っていた。
真ピンクで、まるっこい書体で、ビニールで作られたような文字だったそうだ。
大きさはA4くらいあって、火村が手を伸ばそうとすると、それはぴょんと跳ねて箱から飛び出してきた。
「それで目が覚めたら、このざまだ」
彼女はふんと鼻を鳴らした。
このざま…とは、つまり女になっていたということだろう。
「最初は何がなんだかわかんなかったぜ。俺はまだ夢を見てるんじゃないだろうかってな」
しかし、恐る恐る部屋の外に出た彼女とばったり出くわした下宿の管理人は、いきなり知らぬ女に出くわしたはずなのにまったく驚かなかった。
それどころか親しく話しかけてきたのだそうだ。
『あら、火村さん、今日はゆっくりですね』と。
彼…いや、彼女は混乱しつつまごまごと対応し、とりあえずこのままでは大学に行けぬと電話をかけたらしい。
そこで事務の女性と話すわけだが、ここでも女からの電話にまったく不審を持たれなかったことに驚いた。
自慢ではないが、彼は…まぁ彼でいいだろう…は、事務の女性にモーションを掛けられていたから、女から『火村』の休みを聞かされたなら、それほど冷静に対応できるとは思えなかったのだ。
それから彼は…いや、もうこの時は彼女か…は、部屋の中(それもまた見覚えのあるものとは少しずつ違っていた)を探索したのだという。
「驚いたぜ…ホント。髪は伸びてるわ、タンスの中は女物ばかりだわ、免許証も女に変わってるわ…」
くそっ…と、彼女は悪態をついた。
彼女はしばらく事実に唖然としていたが、頭が回ってくるにつれぼんやりと今朝見た夢を思い出したのだそうだ。
アリスとかかれた箱にしつこく追い回されたこと、その箱の中から“真”が飛び出してきたこと。
そんなまさか…と思いつつ、そんなまさかがすでに起こっていることを考えると、あながちただの夢とも思えない。
「作家先生ならもうおわかりだよな」
彼女は先程から口を開かずぽかんとしている私に凄んだ。
「真が出てくるのは嘘からだ」
そう、『嘘から出た真』。
それは嘘で言ってしまったことが真実になってしまうことを言う。
「おい、アリス。お前一体どんな嘘をつきやがったんだ?」

 ※

いい人はいないのか。結婚はまだかと催促する母には苦笑しかでない。
私だってなにも結婚が嫌で逃げ回っているわけではない。
だが何しろ縁がないがないのだ。この年令になると、友人の女性たちはほとんどがもう既婚しているし、若い女性達にアピールできるような魅力もない。そもそも推理小説家というやつは、新しい出会いというもの自体が極端に少ない。
いつものようにごまかしの言葉を返そうとした私にふと魔がさしたのは前にも言った通りである。
その日は四月一日、ちょうどエイプリルフールだと思い出してしまったのだ。
だからついつい言ってしまったのだ。
他愛のない嘘を。
翌日には嘘でしたと母には言うつもりで。

「おかん、実はな、俺、付きおうとる人はおるんよ」

と。
誰だってその程度の嘘なら多かれ少なかれついたことはあるはずだ。
仕事を休む理由に親戚を殺してしまったり(もちろん実際に殺すわけはない)、年齢をきかれてついついい幾つかサバを読んでしまったり、はたまた三島由紀夫の話をふられて流し読みしたことしかないくせに知ったかぶりをする…とか、そんな感じ。
ばれても苦笑ですむか、せいぜい呆れられる程度の嘘だったと思う。
それほど大げさになるような嘘じゃない。
警察が出てくることもないし、親子の縁をきられるようなことでも、人にひどく恨まれるようなものでもない。
まぁとにかく私は嘘をついた。
結婚を考えているという女性を作り出した。
嘘がばれないように、特定のモデル…これが火村なのだが…を頭に浮かべ、嘘は最小限に、ほとんど事実のままに話した。
彼女は学校の先生をしているとか、同い年とか、互いの家にもよく行き来しているとか、じつは大学からの知り合いとか…。
つまり、ボロがでない相手としてちょうどよかったのが彼だったのだ。
もちろん、彼は『彼』であって『彼女』ではないし、付き合っても居ないし、結婚を考えても居ない。
だけど許される嘘だと思ったから、軽い気持ちでついたのだ。
それが…まさか、これからの一生を左右することになるなんてことを全く知らずに。

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。