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彼の日のきみに告ぐ

義理息子火村→義理父アリス
やんでる 読み返す気力はありません

葬儀会場の親族席、喪服を来た義理の父がしきりに弔問客に頭を下げている横で、俺は祭壇に飾られた女の笑顔に冷めた視線を向けていた。
死んだ女は、16の時に俺を生んだ。
そして28で5つ年下のアリスと結婚し、その5年後に死んだ。
享年33。事故での即死。
身内の目から見ても派手な顔立ちの女の事を、俺は嫌いだった。憎んでいたと言ってもいい。
だけど、もう居ない。
葬儀の席だというのに、俺は笑いをこらえるのに必死だった。
それでも口角が上がりかけ、俺は慌てて顔を伏せてそれを隠す。
すると俺が泣いているとでも思ったのか、弔問客から解放されたアリスが俺の背中に手を当てた。
「大丈夫か?火村」
「…あぁ」
アリスの苗字は有栖川。
しかし俺は母親の旧姓である火村を使っていて、彼にはそちらの名で呼ばせている。
アリスはそのことで俺に父親として受け入れられていないと傷ついているようだが、そうでなくては俺が困るのだ。12の時、初めて会った時から、戸籍上はどうであれ心情的には絶対に“親子”にはなれないと俺にはわかってしまったのだから。
「昨日、寝てへんのちゃう?少し向こうでやすんどってええよ」
アリスの気遣いに俺は首を横に振った。
確かに昨晩は寝付きが悪かった。
だがそれは、もう彼女がこの家からいなくなったという喜びのせいだ。
アリスの妻という存在、それがいなくなった喜びに、目が冴えて仕方がなかったのだ。
「アリスこそ、疲れてるんじゃないか?」
顔を上げて言ってやると、彼は俺が気を使っていると思ったらしく「ありがとな」と普段よりも青い顔で微笑んでみせた。
アリスはあの女が突然に死んだことに傷ついて落ち込んでいる。
あの女のせいで…そう思うと苛立ちが湧くが、その相手がもう鬼籍に入っていると思えばそれも甘いものに変わる。
もうあの女はいない。
あの女はもうアリスに話しかけることも微笑みかけることも、触れることすらない。
せいぜいアリスの記憶の中にいるだけ。
「火村?やっぱり…」
「大丈夫だって、それより…ほら、住職がやってきた」
俺自身は無神論者だが、アリスは典型的な葬式仏教な考えをもった人間らしく葬式もそれにならった形だ。
厳かにやってきた住職が席に着くと、やがて読経が始まる。
鼻をすする音、嗚咽をこらえる音、衣擦れの音。
俺にとってはこれ以上ない喜びのセレモニーだ。

 *

あの女は馬鹿だったが、思えば勘だけはよかった。
忌々しい事に、あの女は俺がアリスに向ける“気持ち”にすぐに気づいたのだ。
腐っても親子というやつか、それまで全く知らなかったが俺達の趣味は“それ”については非常に似かよっていたらしい。
俺は女の目にはっきりとした警戒の色が浮かぶのを見た。
三人での生活は表面上は穏やかだったが、俺とあの女の間はこれまでにないほどに冷え込んでいた。
もともと俺とあの女はそれほど仲がよくはなかった。言い換えるなら、互いに無干渉という暗黙の了解の仲でなら、それなりに仲よくやれていたといってもいい。
女は自分で望んで生んだ癖に、俺のことを自分の人生の邪魔者だと思っていた。
俺さえいなければ学校にいけたのに、いい仕事につけたのに、恋愛が楽しめたのに、夜遅くまで遊べたのに…etc,etc…。
しかし育児放棄はしなかった。
まぁその点で言えば俺は感謝しなければならないのかもしれない。
とりあえず学校には行かせてもらったし、飯も食わせてもらったのだから。
だが、それもアリスとあの女が再婚するまで。…いや、俺があの女の敵になる前までだ。
彼女は俺を極端に警戒し、ヒステリックになっていた。
当時たった12だった子供に、本気であの女は神経を尖らせていたんだっていうから、傍からみたら信じられないかもしれない。だが、本当だ。
通っていた小学校、中学に上がってからは中学校では、女子のグループが一人の女子を爪弾きにしてイジメていた。
暴力は振るわないし、金を持ってこさせることもないが、精神的に追い詰めるという意味においてはそれ以上の苦痛を味合わせていたように思う。
まるで示し合わせたように、イジメられた子が一番苦しむように仕向けていた。
何を言いたいかというと、あの女の俺への接し方がそれに近似していたということだ。
彼女は俺を…アリスが居ない時という限定ではあるが、いないものとして扱った。そして地味な嫌がらせをチクチクとやりだしたのだ。たとえば俺の食事を用意しないとか、用意してもひどいものだったり、手持ちの制服をすべてびしょ濡れにしてきていく制服がない状態にしたり、自転車をパンクさせたりとか…本当にくだらないこと。
俺は馬鹿女にほとほと愛想をつかし、ほとんどのことを自分でやるようになった。
そして俺がそれでもアリスに向ける視線の種類をかえないことに気づくと、ヒステリックになった。
俺の人格を否定するようなことを大声で喚いたり、教科書を捨てたり、ベッドのマットを引き裂かれたこともあった。
まったくいい年をして、なんて子どもっぽいのだと呆れたものだ。
それでも俺は彼女に反抗はしなかったし、アリスに告げ口をすることもしなかった。
女が、俺の前の自分と、アリスの前の自分のバランスを崩し始めているのに気づいたからだ。
俺はそれでもいいと思ったが、しかしアリスの反応をを考えてそれはやめた。
女が時々引きつったような笑みを浮かべるようになった頃、おそらくギリギリの精神状態に会った頃、俺の高校受験があった。
そこで俺は家を出ることにした。
寮のある高校に入ることにしたのだ。
アリスと離れるのは気が進まなかったが、このままではあの女は確実に病んでしまう。そしてそうなることによって、アリスを縛ってしまう。
それだけはできない。
だからあの女の精神を平常に戻してやる必要があった。
それに一度アリスから離れるというのも俺にとっては悪いことではないと思っていた。
アリスはまだ俺のことを子供としか思っていないが、その認識も離れているうちに変化があるだろう。
何しろ俺は成長期なのだ。すぐに彼よりも背が高くなるだろうし、たくましくなるはずだ。
そうしたら……、なんて、そんな思惑もあって、俺はあっさりと家を出た。
それがまさか、こんなに嬉しい結果が出るなんて、思っても見なかった。
全く忌々しい女だったが、最後の最後に株を上げたものだ。

 *

気づけば読経は止んでおり、住職が帰っていくところだった。
これから棺が釘で打ち付けられ、出棺の運びとなる。
葬儀屋たちが棺の傍にあつまり、弔問客は最後の見送りのために会場を出ていった。
アリスは遅れてきた弔問客の所で話している。
一人取り残される形になった俺は、もういちど遺影を見た。
こちらを見て微笑んでいる女。
死ぬには十分に若いといっていい年齢かもしれないが、俺にはあの女は十分に長く生きたように思う。
いや、ちょうどいいタイミングか。
俺はゆっくりと棺に近づいた。
白い花に埋もれた女。
交通事故でも顔だけは奇跡的に綺麗なままだった。
俺が彼女の顔の方へと行くと、業者のものは気をきかせたのか、俺の傍から離れた。
俺は腰をおって彼女の顔に顔を近づけると、頬に手をあてた。
そして、

「俺の勝ちだ」

ひっそりと微笑んで言ってやった。

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