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空の果てまで飛んで散れ

火村とアリス 日常
題名に偽りあり。関係ない

「あっこ、あっこの建物な、葬儀屋やねん」

夜、ベランダに出ていたアリスは、俺がそばにやってきたのに気づくと右手をのばして遠くの建物を指差した。
「蓮実会館とかいうとったかなぁ」
遠くではあるが、丁度ビルの谷間にあるので二階の部分がはっきりと見えた。
薄いピンク色の建物。窓が大きくとられている。
「今日は通夜やな」
「わかるのか」
「そりゃそうや。通夜の晩は夜通し二階の窓のカーテンがあけられとって、煌々と光がともっとるもん」
「じゃぁ、明日は葬儀か」
当たり前の事を口にしてしまった。
アリスは皮肉な言葉を返してくるかと思ったが、予想外に「そやね」と言っただけだった。
「あっこ、出来るとき随分揉めたらしいわ」
「なぜ?」
「住宅街に葬儀屋があるんはいややって人が反対したんやて」
縁起が悪い…というのがその理由らしい。
「無神論者の先生にはわからんはなしやな」
にやにやしながら振り返ったアリスに俺は肩をすくめる。
「わからないことはない。それに俺は神や仏は信じないが、人を悼む気持ちはわかるつもりだぜ」
読経や天国、極楽なんかは理解出来ないが、セレモニーとしてなら葬儀の意味くらい理解できる。
「君らしい」
そう言って葬儀屋に視線を戻したアリスは「あ、人がいてる」と呟いた。
視線を戻すと確かに明かりのついた二階を誰かが横切るのが見えた。
「よく見えるな」
ここからでは距離があって、それほど詳細に見えるわけではないが、近くの家からなら何もかもがあけすけに見えてしまうに違いない。
プライバシーの欠片もないと思ったが、べつにあの場所にはプライバシーは必要ないのかもしれない。見えた所で喪服か遺体かだろう。
「前にな、男の人と女の人がならんどったんが見えてな、なんかドラマ感じたわ」
「ドラマ?」
「おん、なんか二人の距離感いうん?それがまたええ感じでなぁ~」
兄弟やろか、それとも夫婦やろか、故人の親族と故人の知り合い、故人の配偶者と昔世話になった誰か、もしかしたら故人の奥さんと昔の恋人なんてこともあるかもしれない。
「こっからやったら顔はみえへんし、判別できても男か女かくらいや。設定なんていくらでも考えられるやん?それに一つずつ物語をつけてってん」
「さすが作家先生、ロマンチックだな」
「はは、せやろ?まぁ、どっちか言うたら、死んだ人の事を考えとる方が多いんやけどな」
しししっと笑うアリス。彼の言った“死んだ人の事を考える”というやつは、もちろん故人を悼んでいるわけじゃないだろう…。
彼はミステリ作家だ。
つまり…
「どんな密室で殺されたか…か?」
「それだけやないわ、もっといろんな事を考えとる」
「劇場か、山荘か、それとも夜行列車の個室か?」
「もしかしたら大学の研究室かもな」
得意顔で言ったアリスは、くるりと反転して部屋に入った。
俺の横を通り過ぎ様に、「まぁ全部嘘やけど」とつぶやいて。

 *

翌日、年季の入ったメルセデスに乗ってアリスの家を出た俺は、ふと思い立って昨晩アリスが話題にしていた葬儀屋に向かってみることにした。
するとそこにあったのは、葬儀社ではなく…“藤沢デザイン会社” だった。
俺は一瞬呆け、そしてアリスの言葉を思い出した。
“まぁ全部嘘やけど”
あの時は軽く聞き流して板が…本当に何もかも嘘だったのかと思うと気が抜けた…と同時に、おかしくてたまらなかった。
「まったく、くだらねぇことしやがる」
そう。
アリスとはそういう男だったのだ。
わかってはいたが、再確認させられた出来事だった。

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