君への愛と免罪符

できてないけど雰囲気できてる。

カインの生家であるハイウィンド家は、貴族としての地位はさほど高くない。
領地はなく、政治力があるわけでもない。帝都にそれなりの屋敷を構えているのがその財産のすべてである。
出世欲がないと言ってしまえばそれまでだが、欲をかかずバロン王に長年ひたすら仕え、また政略結婚などで地位向上や政治への介入を狙った事もない。その高潔さや代々青竜騎士団を統べている実績からハイウィンド家の人気は高い。
貴族の地位こそ高くないものの、ハイウィンドの名は名高い貴族なのである。
そのハイウィンド家の長男(とはいえ一人っ子だ)は、現在結婚適齢期。
また眉目秀麗な美丈夫であり、年頃の娘をかかえた貴族達は競って我が子をと彼の妻に勧める。
まだ独身の貴族たちには羨ましがられる彼ではあるが…

 ※

「まったく勘弁してほしい」

押しかける貴族達から逃げ、親友であるセシルの部屋に逃げ込んだカインはベッドに横になってぼやいた。
彼はそうとう疲れているようで、目の下にはうっすらとクマができている。
近頃カインの婿取り合戦(実際には嫁取らせ合戦だが)が加熱しているせいでよく眠れていないらしい。
セシルはそんな親友をクスリと笑った。
「お前な、笑い事じゃないぞ」
そんなセシルにムッとしてカインは言う。
「近頃じゃ、訓練所にまで色とりどりのドレスを着たお嬢様方が来て、お互いを牽制してるんだぜ?全く、冗談じゃない」
お陰で騎士たちはそわそわと落ち着きがない上に、姫君目当てに他の隊の兵士や文官たちが見物にやってくる始末だという。
「まったく社交会場じゃないんだ」
あと少しで竜をけしかけてやるところだったと本気で腹を立てているらしいカインをセシルはますますわらった。
「じゃぁ屋台でも出したら儲かったかもねぇ」
「まったくだな」
カインの不幸をからかうセシルも実は結婚適齢期だ。
誰もが振り返るような美しい容姿を持ち、また軍の要職についているセシル。
カインと張るステータスの持ち主だ。これほどのオプションがあれば、たとえ元は孤児だったとしてもも引く手あまた…と言いたいところだが、“彼女”の場合は、結婚話の一つどころか、浮いた話の一つもない。
それというのも、彼女はとにかく美しく才覚もあるのだが…バロンでは何よりも不吉とされる忌み嫌われている暗黒騎士なのだ。
しかもただの暗黒騎士ではなく暗黒騎士団の団長。ということはつまり暗黒騎士たちの頭領ということで、貴族たちも彼女の美貌には強く惹かれつつも身内に入れるほどの決意をもった人物はいないらしい。
「お前はいいよな」
ふわりとカインはあくびをして言った。
「まぁね」
悪くいえば“嫁の貰い手がない”ということを言っているのだが、彼女はまったく気にした様子はない。
そもそもセシルは誰に嫁ぐ気もないらしく、毎日鍛錬に明け暮れ、男装ばかりしている。
セシルに親友とは別に複雑な思いを抱いているカインとしては、殊更“女性”を感じさせない彼女の格好はありがたいものだ。
だが、ほんの少し残念にも思っている。
「ちなみに誰かいないの?結婚したい人」
「……いや」
「なにその間」
目を細めるセシルからカインは目をそらし、天井を見上げて「いない」ともう一度言った。
セシルはカインの真意を見定めるようにじっと見つめ「ローザは?」と二人の共通の友人の名を上げた。
ローザはその名の通り、咲き誇る大輪の薔薇の如く美しい女性で、バロン一、大陸一の美女とも言われている。
婿取り合戦の最有力候補と言われている彼女だが…
「ローザはない」
カインはあっさりと否定した。
「どうして?」
「どうしてって常識的に考えて彼女はないだろう。ローザはファレル家…大貴族の一人娘だ。世が世ならバロンの王妃になったって全くおかしくない。ハイウィンド家とは雲泥の差がある。それに例え俺たちがそう望んだとしても、彼女の家が承知しない。ついでに…俺もハイウィンド家を俺の代で終わりにするつもりはないしな」
「あ、一応結婚する気はあるんだ」
「一応な。でも今すぐじゃない」
またもフワリとあくびをするカイン。
よほど疲れているのだろう。
「眠ってもいいよ」
呆れてセシルが言うと、カインは「あぁ、悪い」とかなんとか言いながら目を閉じたかと思うと、すぐに体の力が抜け深く寝入ってしまった。
ものの5分…いや、1分と要しなかった。
「もう寝たの?」
セシルの問いに返るのは静かな寝息ばかり。

それから30分ばかりたっただろうか。
書類に向かっていたセシルはふと筆を止め、カインを振り返った。
彼は寝入った時から1ミリも動かずに眠っているように見える。
「本当に疲れてたんだな」
セシルは椅子から立ち上がり、彼女のベッドで無防備に眠るカインを見下ろした。
そして…
「結婚…か」
苦くつぶやくと、眠るカインの頬にかかった金の髪に指を伸ばした。

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