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出会いはもう、忘れるぐらい昔

火村がにょた
読み返してない タイトルとはあってない!

それは私が印刷会社に勤めだして1年ほど経った頃のことだった。
ようやく仕事にも慣れだし(といっても、覚えることはまだ山のようにある)、少しだけ周りを見渡す余裕が出てきた頃、ずっと骨休めをしていた小説にも少しずつ時間を割くことができるようになった頃だ。

久しぶりに顔を見せた異性の親友が、私の手を…左手をつかむなりその薬指にシンプルなシルバーのリングを無理やりはめたのは。

逆プロポーズ?
いや、それはあるまい。
彼女とは大学時代から親しくさせてはもらっているが、そんな色っぽい関係ではない。
彼女は火村英生という、女性にしてはちょっと…な名前をしているが、その男らしい名前とは裏腹に外見はとても美しい女性だ。
いや、とても美しいという表現だけでは足りない。
世の男性の9割は確実に「お」と振り返るような美女だ。
そんな彼女に一度としてクラっとしたことはないかと問い詰められれば、それはないとは言えないが…彼女は男嫌いであることを知っているので、私は彼女を友人以上に考えないようにしている。
だからこそここまで友情が続いてきたとも言えるのだが…。

「なんやこれ?」

私は自分の左手薬指にはめられた指輪をまじまじと見ながら言った。
火村はそれには答えずに「入れろ」と玄関先に立ったままだった私を押しのけ、勝手知ったるなんとやらでさっさと部屋の中に入ってしまった。
まぁ別に入られて困ることはないのだが…
「なんだよ、これは!」
ただ、近頃忙しかったこともあって、とにかく部屋が汚いだけ。
「あぁ悪いなぁ、先週家事サボってしもて」
「先週?!先週だけか?この山のような洗濯物が?!」
怒鳴られて、嘘でした…と言いそうになったが、それをバラしてしまえば彼女からキッツイげんこつをもらうハメになるので黙っていた。
彼女はあぁ見えて格闘技をやっているので、ものすごく強い。
やわな私なんて、男の力を発揮する前にノックアウト確実だろう。
申し訳程度に散らかった雑誌を拾っている私の横で、彼女は山になった洗濯物を抱え上げ脱衣所(洗濯機がある)に行ってしまった。
「来るなら来るいうてくれれば…」
片付けたか?と聞かれると、多分片付けなかっただろう。
せいぜい押入れに押しこむくらいが関の山だ。
私は食べてそのままにしていた弁当やら、カラの缶ビールやらを片付け、流しにつけたままになっていた食器を洗うことにした。

そうして1時間半ほど二人でパタパタと動きまわり、部屋はようやく見れるようになった。
窓を開けて換気をしながら、ソファに座り込むと隣に火村も座った。
手には缶コーヒーを2つ持っていて、一つを私にすすめる。
「きれ(綺麗に)なったなぁ」
「毎日ちゃんと掃除をすれば、いつも綺麗に過ごせるんだ」
「やって、いうても社会人は忙しいんですぅ」
「だったら、出したものは片付ける。いらないものは捨てる。それだけでも違うんじゃないか?未来の大作家先生?」
「頭ではわかってんねんけどね」
簡単だからゆえに難しいのだ。
甘い缶コーヒーを口に運び、肩をすくめる。
「それで今日は何か用やった?あ、何か食いいくか?」
社会人になってそこそこお金を持てるようになってきた。
少し前までは人のすねをかじる事しか能がなかったが、近頃は一人分おごってやるくらいはなんともない。
「お兄さんがおごってやるで、英夫ちゃん」
にやにやっと笑ってやると、彼女はひょいと片方の眉を上げた。
これだけ片付けてやったんだから当然の報酬だ…と言いたいのだろう。
その視線を無視して「好きなもん食わせたるよ」と笑っていってやると、火村はふと考えるように視線を横にずらした。
それに嫌な予感がした私は、「いっとくけど料亭とかフランス料理のフルコースとかは無理やからな」と慌てて釘をさした。
「あぁ、大丈夫だアリス」
「何が大丈夫や…。ほんま嫌な予感がするんやけど?」
「大丈夫だって。ただし、うちの…大学の近くの店でいいか?」
「大学の?」
私は首をかしいだ。
「あのへんは学生さん向けの安い店しかないやろ?」
「あぁだから、そこでいい」
何か怪しいな…という気がしないでもなかったが、「久しぶりに『わたぼう』に行こう」と、学生時代にずいぶん世話になった店の名前を出されて納得することにした。

それから二時間後、私たちは学生御用達の居酒屋「わたぼう」に着ていた。
ちょうど夕食時ということもあり、中は学生たちで賑わっておりカウンター席しか開いていない。
「君の生徒もおるんやないか?」
居心地が悪いだろう、店を変えようか。
そんなことを言外に言ったつもりだったが、火村は気にしないのかさっさとあいていたカウンター席につき「とりあえずビール2杯」と頼んでいる。
仕方なく私はその隣につくわけだが…
「なんやめっちゃ見られとるんやけど?」
背中を向けた座敷側、学生たちからの視線が半端ない。
いや、むしろ噂話までバッチリ聞こえてる。
“あれって、火村先生じゃね?”
“え、うそぉ”
“ほら、そうだって。こえかける?”
“うわー。火村先生、あいっかわらず美人!後ろ姿でもクルねぇ”
“っつか、隣の男誰だよ”
…聞きたくもないのに入ってくる言葉。
心なしか胃の辺りがグッと重くなったような気がした。
隣にいる火村を見ると、すました顔でいつのまにか到着していたらしい肉じゃがをつついている。
視線に気づいて「何?」と聞く火村に、私は首を振って年季の入ったメニューに手を伸ばす。
私よりも気にするべき火村が気にしていないのだ、私は何も言うまい。そして、背後の彼らの話は聞くまい。
「おっちゃん!手羽先のカリカリ、焼き鳥の盛り合わせ、すり身揚げにぃ…あと、あ、豆腐サラダ!」

やけに距離が近くないか?
そう感じたのは、届いたばかりの熱々のすり身揚げを口に入れた時だった。
それほど広い店ではないし、カウンターの椅子も近く設置されているがそれでも…。
「どうしたんや?」
怪訝に聞くと、ニヤリ…と少し下から意味ありげに微笑まれた。
…嫌な予感。
顔をひきつらせる私に、彼女は意味ありげに左手を見せた。
一体何だ?と思いながらまじまじと手タレ並に整った手を見ていると、薬指に見慣れない指輪を見つけた。
見慣れない?
いや、どこかで見たような…と、
「あ」
思い出した。
私は自分の左手を持ち上げ、彼女のそれと並べた。
やっぱり同じ…と思った時、後ろから悲鳴のような歓声が上がった。
それに驚いた私はあと一歩の所で振り返るのことを踏みとどまり、ニヤニヤとする火村の視線を感じながら考えた。
そしてその答えは、それほど長く考えるまでもなく出た。

…はぁ。

「ん?どうした?アリス」
「…ニヤニヤ笑うなや」
くくくっと笑う火村の頭を小突こうとして、後ろでこちらを伺っているらしい火村の生徒たちの存在を思い出しやめ…代わりにため息をついた。
「つまり…あれやな、俺ははめられてんな?」
「はめる?人聞きがわるいな」
「人聞きもなにも…。どうせ、男に言い寄られるんが面倒で、男避けにリングはめたら、今度はその男が誰かいうことで周りがうるさくなった。それで手っ取り早く俺とペアリングにさせたんちゃう?」
「お、さすがミステリ作家の大先生だな」
「おだてたって何もでぇへんぞ」
ジロリと睨むが、火村は全くこたえていない様子でクスクス笑っている。
「で、わざわざ“わたぼう”で食いたいいうたんは、そのダメ押しか」
「まぁな。といっても、教え子たちが集合してるなんてことは知らなかったぜ」
「知らなかったとしても予想できる範疇ではあったんちゃう?」
「お、今日は冴えてるじゃねぇか」
間違いなく、100%これは馬鹿にされている。
だが昔から好きでもない男に大量に言い寄られて困っている火村を知っている私としては、“えぇかげんにせぇ!”なんて怒鳴る気にはなれない。
むしろ、まぁこの程度ならつきやってやらんでもない…というか。
「火村、今日のおごりはなしや。君が払い」
しかしそれでもタダで見世物になるきはないと釘をさしてやると、彼女は魅惑的な笑顔で、「実は最初から今日はそのつもりだった」と言った。

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