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阿(おもね)る事すら厭わない

土→斎

女が町に長崎から行商人が来ているのだと楽しそうにしていたもんだから、その女の肩を抱いてその行商人とやらが店を開いているところまで足を伸ばすことにした。
一体何処に…?と思ったが、町人に場所を尋ねる前に、町娘たちが黄色い声を上げながら、同じ方向に歩いているのに気づいた。
きっとその先に長崎からの行商人がいるのだろう。
女の肩を抱く俺は、時折投げかけられる男たちの羨ましげな視線に優越感を感じながら彼女たちの後を追った。

「まぁ素敵!」
台に広げられた赤い布の上には、女たちが好きそうなものがわんさと並べてあって大賑わいだった。
ガラスの小物に、珍しい形の櫛、扇子に団扇、洒落た手ぬぐいに巾着…。
なかなかどれも目をひくいいものばかりだ。
まぁその分値ははるが…一つ二つくらいなら買ってやってもいいだろう。
何がほしいのかと聞こうとすると「あら、あちらにも…」と女は言い、隣の台へと移った。
仕方なく女に続くと、そちらにはいろいろな種類の“かんざし”が置かれていた。
べっ甲や真鍮、銀といった美しいかんざしが多数あり、女たちがうっとりと眺めている。
流し見ていた俺の目を引いたのは、赤い玉のついたシンプルなかんざしだった。
あまり洒落っ気はないが、深い深い赤はかなり素晴らしいものではないだろうか…。
手に取ると、
「お目が高い」
笠をかぶった主人がそう声をかけてきた。
「そいつぁいいものですよ。なにせ長崎は***の****ってもんが何度も何度も重ね塗りをして作った特上品ですよ」
「へぇ」
「この赤を出すのがかなり難しい品でねぇ…」
主人のうんちくを聞くともなしに聞きながら、俺は手の中のかんざしをじっと見つめた。
見れば見るほど美しい簪だ。なめらかな手触り、上品な玉、そして血を思わせる深い赤…。
そう思ったとき、俺の頭をよぎったのは血の赤がよく似合う男の姿だった。
まったく馬鹿な話。
かんざしを見て男に似合うだろうと考えるなんてどうかしている。
だが、ふと思い浮かんだ姿にはどうにも抗いがたい魅力がある。
思い浮かべるだけでそうなのだから、実際目にすりゃいかほどのものか…。
「…どうです。一品物ですよ。この機会のがしちまったら二度と手に入らないかもしれないよ」
「…ふむ」
顎をさすって少し悩む。
頭の隅にある冷静な自分が、何をくだらぬことで悩んでいると呆れているのには気づいていたが、しかし…
「よし、もらおうか」
やはり、誘惑には逆らいがたい。
女が期待の目でこちらを伺っているのをことさら無視し、俺は金子を渡して主人から赤いかんざしを貰い受けた。

 *

予定よりも随分と早く屯所に戻った俺はそれとなしに奴の姿を探した。
今日は巡察だったか、非番だったか、それとも新人隊士たちの育成に予定をいれていたか…。そんなことを考えながら歩いていると、縁側で刀の手入れをしている奴を見つけた。
斎藤…。
そう声をかけようとしてやめる。
刀の手入れをしているときの集中力はかなりのものだ。
俺はそっと近づくことにした…。といっても、気配を消しすぎてはいけない。そんなことをすると、彼に刺客か曲者と思われてしまう。
だからごく自然な程度に足音を殺し、そして…スイと髪の結び目に赤い簪をさした。
すると気配に気づいたのか「副長?」と不思議そうに斎藤が振り返った。
「何かご用でしょうか?」
そう堅苦しい事をいう斎藤の頭には、不似合いな…しかしとても似合う赤。
俺は思わず口角を上げ、いいやと首を横に振った。
「何か良いことでもございましたか?」
「そう見えるか?」
「えぇ、とても楽しそうにお笑いですので…」
「そりゃぁな」
ぽんっと手を置くようにしてごく自然にかんざしの角度を調整した。
「お前には“それ”がよく似合う」
そう言ってもう一度微笑んで見せると、斎藤は不思議そうな顔をしながら手にもった刀を見つめた。
本当に、よく似合う。

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