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逢魔が時

事務所に帰って二週間が経った。
何もかもが嘘だったかのように事務所で目覚めた俺の元には、メノラーが一つ残された。
あの老人に託され、そして玲治に渡したはずだったメノラー。
何故こんなものが。
夢ではない…なんてくだらない証拠のつもりか。

薄暗く小汚い事務所に、年季の入ったそのメノラーは似合いと言えば似合いで…しかし、俺からすればそれは見ていて気分のいいものではない。
だからといってそこらに捨てていいもんでもなく、処分に困る。
一時はガラクタを突っ込んでいる倉庫に持って行こうかと思ったんだが、メノラーを持って入った途端、ガラクタどもが妙に騒ぎやがるし、手で弄んでいると、時々ドクリと脈打ったりして気持ちが悪い。
いっそ切り捨ててやろうかと刃を当てたこともあったが、それは少しも傷つかず…銃を向けても弾を跳ね返しやがって可愛げがない。

 *

ぼんやりと事務所のデスクに立てられたメノラーを見ていると、ふっと一瞬事務所の照明が陰った。
天井を見上げるとまた…フッと陰ってまた点った。
それは何度か繰り返し、ついに消えてしまう。
電球が切れてしまったか…そう思ったとき、俺はメノラーに炎が灯っているのに気づいた。
いつの間に…そう思った時には、生ぬるい風が何処からともなく事務所に吹き込んでいた。
鼻につくのは甘ったるく凶暴な臭い…。
俺はゆっくりと背もたれに体重を掛け、正面を見る…と、メノラーの光の届かぬ暗がりから人影が滑り出た。
それは正面の椅子(そんなものは無かったはずなのだが…)に座った“彼”は、仄かなメノラーの明かりの中で悲しげに微笑んだ。
「久しぶりだな」
俺が声を掛けると、彼は口を開き…
「ヴ…ア…グ…ヴヴ…」
「あ?なんだ?」
だが、彼から漏れたのはチューニングのずれたラジオ音声のような音。
聞き返した途端に、彼の姿にも一瞬ノイズが走り、彼は喉のあたりを手で抑えた。
「…俺の声は聞こえているのか?」
そこでうなづけば、言葉は通じると思って間違いないはず…なのだが…彼は口をパクパクと動かして意味不明の言葉をつぶやくばかり。
「ダメみたいだな」
俺が苦笑すると、彼もまた笑った。
あの時から全く変わらぬ姿。
濡れたような黒い髪に、血の気をなくした白い肌、黄金に輝いている瞳には力がなく…
「どうして…お前は、その道を選んじまったんだろうな」
俺は彼に聞こえていない事を承知でつぶやいた。
「いや、選べなかったからそうなっちまったんだったか…」
そうすると、彼もまた俺には何か分からない言葉で、俺に向かって何かをつぶやき始めた。
「なぁ、あの頃何度も言ったが、そんなに世の中捨てたもんじゃねぇぞ。…確かに腐臭はなってどうしようもねぇもんもたくさんある」
ヴヴ…とノイズを吐き出す彼に構わず俺は言葉を続ける。
「特に俺のいる所なんか掃き溜めみたいなとこさ。女に男が殺された、子供がたった1ドルぽっちのために駄菓子屋のババァを鉄パイプで殴り付けた、浮浪者がガソリン撒かれて焼け死んだ…んなもんが日常にゴロゴロしてる」
ほんとクソみてぇな所だ。
「それでもこないだ武器屋の親父の姪っこがガキ産んだって喜んでるし、娼婦のガキはくれてやったあめ玉一つに大喜びだ。そういうの見るとよ、捨てたもんでもねぇな…って思うんだよ。人間の中でもくずしかいない町だけど、それでもあいつらはあいつらなりに一生懸命なんだよな…。…なぁ、もう一度聞くが、お前の住む東京ってのはここよりひどい場所だったのか?救う価値が一つもないような場所だったのか?」
あの狂った場所で何回、何十回と問い続けたことを俺はもう一度彼に聞いた。
「俺にはわからねぇ。東京なんてテレビのニュースでちらっと見たことしかないからな。だけど、お前は言ってたじゃないか…」

『あの青を…』

「あの青空をまた見たい、大きな海に身を預けてみたい、森の空気を胸にいっぱい吸い込みたい」

『もう一度…』

「それじゃぁお前が世界を再生させる意味にはたりないのか?」
大きく息をついて、俺はメノラーをみた。
ゆらゆらと揺れる炎。
溶けない蝋がわずかに香る。
「……お前の世界だ。好きにすればいい……、そう俺は何度も言ったが、俺はお前が憐れでならねぇよ……玲治」
名前を出した途端、突風が吹いたかのように炎は大きくなびき…
「玲治っ、なぁ遅いのか?もう、お前は…」
引き延ばされた炎はある瞬間、すべてが同時に消えた。

 ※

目を覚ますと、部屋が燃えるような赤に包まれていた。
火事でも血でもない。
赤い、赤い夕日が事務所を照らしているのだ。
赤い、赤い恐ろしいほどに赤い…夕日が。
俺は大きく息をつくと額に手をやった。
額には冷たい汗。
「夢…?」
いや…
ほのかに残る甘い臭い…一筋だけ残った煙…。
「現実…?」
だが、だからといってそれが何だというのだろう。
俺は失笑を漏らし、額にかかる髪を掻き上げた。
あいつが何を言ったかは知らない。
何を思って俺の前に姿をあらわせたのかも知らない。
伝えたい事があったのか、頼みたいことがあったのか、懺悔を聞いて欲しかったのか…
知らない。
いや、知っても同じなのだ…。
彼はすでに決を下している。
何も選ばなかった…かもしれない。
だが、彼は“選ばない”事を“選んだ”のだ。
「玲治…」
だからこそ、俺は彼を憐れむ。
願わくば…俺が彼に引導を渡してやりたい。
だがそれも叶わぬことだろう。
彼と俺の間にはどうしようもない亀裂が横たわっている。
先程の夢…いや、夢らしきもの…あれがきっと俺と彼との邂逅…接触の限界だろう。
俺は少しずつあせていく赤を見ながら、俺は流せない涙を堪えるように目を閉じた。

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