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2-1=0(比翼連理) 04

まだ赤ちゃん

ドイツの屋敷では多数の猟犬が飼われている。
その中に一際大きな一匹の犬がいる。名前はシュヴァルツ。その名の通り、影のように黒い犬である。
シュヴァルツは、他のどの犬よりも賢く、足が早く、持久力があり、また鼻が利く。ドイツのお気に入りの一頭だ。
そのシュヴァルツは、気難しいギルベルトにひどく気に入られたらしく、ドイツが留守にしている今、彼の“馬”になっている。
馬…というのは、つまり馬のようにギルベルトを乗せて、屋敷の中を歩きまわっているという意味だ。
ご立派なことに、シュヴァルツには使用人の誰かが面白がってつけた手綱までつけられている。
その手綱をギルベルトは「ぷっぷっぷっ」と楽しそうにクイクイっと引いて、器用にシュヴァルツをあっちこっちへ誘導するのだ。
犬を屋敷の中で自由に歩き回らせる事に、使用人たちは最初渋い顔をしたが、シュヴァルツに乗っているとギルベルトが物を壊すことが少ないと気づいてからは、自由きままに歩かせており、また、彼らが何処へでも自由に入れるようにほとんどの扉は開かれたままになっていた。

シュヴァルツとギルベルトの行く場所は屋敷のあらゆる場所に及ぶが、その中でもいくつかお気に入りの場所があるらしい。
その一つ目がピアノの置かれた部屋だ。
シュヴァルツはその部屋に入ると、ギルベルトを背中に乗せたまま器用に椅子の上に飛び乗り、ギルベルトをおろすと鼻先で鍵盤の蓋を開ける。
すると近頃ようやく立ちが出来るようになったギルベルトが、掌でバンバンと鍵盤を叩いて音を鳴らすのだ。
もちろん小さな子供のする事。それは音楽にはなっておらず、ただただ掌でたたきまくるだけだが、それがギルベルトはとても好きらしい。
「ぷっ、ぷっ、ぷー」
と、時折歌のようなものを口ずさみながら、不快な音を屋敷中に響かせる。
小一時間ばかりそうしていると、やがて使用人がやってきて彼に食事を与える。食事が終わると、またギルベルトはシュヴァルツに乗って屋敷を回る。
まるで警備員のように慎重にいくつかの部屋を回った後に、彼はドイツが集めた本が沢山置かれている資料室へと向かう。
かなり広い部屋で、彼らには山のように大きく見える本棚の間を、これまたゆっくりと慎重に回っていく。
資料室を回るという行動は、ギルベルトにとって何かとても重要なことであるらしく、厳しい目でしきりにキョロキョロと辺りを見渡しながら異常がないか確かめて回るのだ。
不思議なことに使用人の一人に破壊神とまで呼ばれた彼は、しかし絶対にここでは物を壊さない。この場所、この資料たちが自分の養い親にとってとても大切な場所であるということを分かっているのだろう。
そうして異常がないことを確かめた後は、しばしの休憩だ。
天気がいいと、彼らは庭に出て許された小さなスペースでかけっこを楽しむ(といっても駆けるのはシュヴァルツなのだが)
ぐるぐる、ぐるぐる…と庭をかけまわり、時には草の上でごろごろし、庭師が大切に育てている花を引っこ抜き、持ってきたおもちゃなんかを代わりに植えて遊ぶ。

ピアノのある部屋、資料室、そして庭。

この三つは、大体毎日ギルベルトはシュヴァルツと共に訪れる場所だ。
だが、もう一つ。
もう一つ、彼らにとって一番大切な場所がある。
それが二階の奥にしつらえられたギャラリーだ。
広いそこには壁に数多くの絵画とともに、国の英雄や貴族たちの肖像が飾られている。
どの絵も国の内外で評価の高い画家に描かれたものばかりだ。
この部屋に入ったものは誰もがその絵に圧倒されるだろう。
だが、資料室とは違って、ギルベルトはきょろきょろとそれらを見渡すことはない。
そしてシュヴァルツもぐるぐるとあちこちを回ることもない。
彼らにとってそれらは資料室の物よりも価値が低い。彼らの此処での目的は一つだ。
それは右側の奥の壁…目立たない場所に飾られたそれほど大きくもない絵だ。
大体6号くらいの絵。枠もそれほど良いものではない、木製の質素なもの。画家もそれほど名の知れたものではないのか、どこかぼんやりとした絵。
それが目的ではない人からはほぼ気付かれずに無視されてしまうような一枚。
そこに描かれていたのは、シュヴァルツの主人、そしてギルベルトの兄であり保護者であるドイツだ。
おそらく無理やりモデルにされたのだろう。ドイツの表情は冴えず、それに釣られるようにまた絵画全体も暗い。
だが、それを見つめるギルベルトとシュヴァルツの目は、絵画の中のドイツとは対照的に明るい目をキラキラと輝かせている。
ここ数週間、ドイツは戦争に出かけていて屋敷にはもどっていない。
シュヴァルツとギルベルトがドイツに会えるのは、この絵画でのみだ。
一人と一匹はひたすらじっとドイツに見入る。
この時ばかりはギルベルトは「ぷっぷっ」とも言わないし、絨毯の毛をぬこうとしたりもしない。
代わりに…といってはなんだが、シュヴァルツの尻尾が左右にゆっくりと揺れる。
彼らは飽きるまで…いや、陽が暮れるまで…もしくは使用人が探しにくるまでずっとその絵画の前を離れない。
一人と一匹を迎えに来た使用人は、この時ばかりはギルベルトを不憫に思い、年配の物などはほろりと涙をこぼしたりもするという。
そうしてせっせとドイツにギルベルトの様子とともに、一日も早く帰ってきてくれるようにと切々と書き、戦地にいるドイツを悶々とさせるのである。

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