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夏色フラクタル

ぐだぐだ

庭に朝顔の花が咲いた。

去年、日本からもらった種を弟が植えたものらしい。
強い赤紫の花が一つ、二つ、三つ。
なんだ、こんな花だったのか。
俺は初めて見る朝顔の花をつんとつついた。
割りときれいじゃないか。
トマトの苗の横にあるそれを見る内に、俺は去年の……朝顔の花がどんなものかを知らなかった夏へと思いを馳せていた。

俺たちは夏には毎年誰かの家に滞在することを恒例としていて、去年は日本で過ごした。
日本の夏はまるでアマゾンにでもいるかのように温度とともに湿気が高い。
汗をかいても乾かず、影に入っても日差しを避けられるだけで暑さはほとんど変わらない。
ムッとする湿気に息をするだけでも胸が圧迫される。
住人である日本とドイツに弟は暑いといいながらもその暑さを楽しんでいるようだったが、俺は前日の飛行機で眠れなかったのが響いたのか簡単に体調を崩してしまった。
「完全に夏バテですね」
中庭を望む縁側に寝転がった俺に団扇で風を送りながら日本は言った。
「お昼は素麺にしましょう。梅の入ったおつゆで食べると気分がすっきりしますよ」
俺は“ソウメン”ってのはどんな食い物だったかと考えながら、庭で白いムク犬と遊ぶドイツと弟を見ていた。
「それに酢の物も用意しましょう。これも食欲を引き出してくれますよ」
でも、それだけじゃイタリア君たちは足りないかもしれないから、天ぷらも少し。
弟に抱えあげられて、犬がもがくとドイツが叱って犬を下ろさせる。
「眠いかもしれませんが、今は寝ないでくださいね。今眠ると夜に眠れなくなりますから」
頭をぽんぽんと撫でられ、おうと返事をしたとき、ふいに振り返ったドイツと目があった。

その向こうにしぼんだ朝顔があった。

翌日、俺の体調は少しよくなっていた。
多分、日本が漬け込んだというとんでもなく酸っぱいプラム(ん?プラムじゃなかったか?)がよかったんだと思う。
だけど今日までは安静にしておいた方がいいという日本の提案を受け入れ、おとなしくしておくことにした。
昼を過ぎて日本と弟は買い物へと行き、俺とドイツは二人で留守番をすることになった。
俺は一人でもよかったんだが…てのは嘘で、日本人の来客とか電話とかが怖かったから、俺は残ると言ったドイツにほっとしていた。
ドイツは居間で日本語の新聞と辞書片手に格闘していて、俺はまた縁側でごろごろしていた。
俺は口にしたことはないが、日本の家の縁側ってやつが好きなんだ。
中庭に面した板張りの廊下。
言葉にしちまうとそれだけなんだけど、すごく雰囲気がいい。
とくに軒に下がった風鈴ってやつがいい。

どれくらいぼけっとしていたのか。(もしかしたら少し居眠りをしていたのかもしれない。)
いつのまにかドイツが横に座っていて、昨日の日本みたいに俺を団扇で扇いでいた。
「もう具合はいいのか?」
聞かれて、まだ本調子じゃなくて悪態が出なかった俺は、まぁとかうんとか答えた。
「夕飯の材料を買いに行くと言っていたが、いったいどこまで買いに言ったんだろうな」
呆れたようなドイツの声に、俺はずいぶん日が傾いていることに気づいた。
「どうせ弟が引っ張りまわしてんだろう」
「かもしれねーな…」
なんか変な感じだ。
あいつとこんなに普通に話してるなんて。
いや…いつもいつも俺が悪いのか。
俺が妙につっぱってドイツにつっかかるから…。
ドイツは別に俺の事を敵視してるわけじゃないのに。
「明日は雨が降るとテレビで言っていた」
「…日本語わかるのかよ」
「いや…だが、雨のマークが出ていた」
「そ…か」
本当に変な感じだ。
この妙な空気を感じているのは俺だけだろうか?ふと気になってちらりとドイツを見ると、なんだか難しい顔をして庭を睨んでいた。
何を考えているかは…わからない。

「何か飲み物を持ってくるか」

声に驚いてハッと目をあけた。
また、いつのまにかうつらうつらとしていたらしい。
「寝ていたのか」
手で頭をなでられ、俺は慌ててその手を払った。
もしかしたら自分が思っている以上に具合が悪いのかもしれない。

顔があちぃ。

ドイツが台所にいっている間にゆっくりと身体を起こす。
そしたら重力にしたがって俺の中の何かがストンと下に落ちて頭がくらくらした。
やっぱりちょっと具合が悪い。
「大丈夫か?」
「ん」
手渡されたのは、ガラスのコップに入れられた“ムギチャ”ってやつだ。
ちょっと癖があるけど悪くない。
ドイツは人ひとり分の距離を開けて隣に座り、同じものを口に運ぶ。
「本当に何処まで行ったんだろうな」
いつの間にか先ほどよりも更に陽が傾いていて、少し涼しい風とともにキキキキキっていう特徴的な虫の鳴き声が聞こえた。
「あいつのことだから日本に迷惑をかけてるんだろうな」
「でも…日本は馬鹿弟に甘いし…」
仲良くやってんじゃねぇの。っと言うと、ドイツは「そうだな」と頷いた。

…まただ。
また変な空気が流れてる。
居心地が悪い。尻がむずむずする。
けれど、それを壊すのはなぜかはばかられて俺はじっと我慢する。
ぎゅっと握りしめたコップを睨みつけ、ぽたりと落ちた水滴を睨みつけ、庭に目を移すとまたしぼんだ朝顔が目に入った。

居心地の悪い沈黙が続いて、俺はなんだか泣きそうになった。
早過ぎるホームシックかと思ったけれど、多分本当の理由は隣にいるジャガイモ男だ。
息を殺すようにじっとしていると「ロマーノ」と名前を呼ばれ、弾かれるように顔を上げた。
するとバチッと音がするみたいに視線があって、俺とドイツは同時に息を飲んだ。
そしてその瞬間に時が止まったような気がした。
俺達はそのまま1時間くらい見つめ合った。
嘘。
多分20分くらい。いや5分くらい…もしかしたら2分くらいだったかもしれない。
とにかく…長くて短い時間…じっとしてた。
まばたきすらできずに、全く視線をそらすことができずに…。
何か言わなきゃと、からっからの口を開いたとき…

「あーーーつっかれたーーー!!にーちゃん、どいつー、ただいまーーー!」
「すみません、遅くなってしまいました」

二人が帰ってきて、何かがプチンと音を立てて切れた。

それから…それからは別に何も無い。
結局あいつらは浴衣を買いにいってたとか、弟が迷子になってたとか…ナンパをしていたとか…。
三日目からは俺も調子を取り戻して、渓流釣りに出かけたり、ねずみの国に行ったり、花火したり。
あれきり俺はドイツと二人きりになることはなかったし、もちろんあの妙な空気が流れることもなかった。
だけど…俺の中で…そして多分あいつの中で何かが変わった。
そう、確実に何かが芽吹いたのだ。
それは枯れること無く、順調に育ち、いつしかつぼみをつけて…
そして…

「咲やがった」

花びらをつつくと、胸がむずむずした。
咲いたのは…朝顔…そして…。

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